2017年01月25日

谷中七福神めぐり 2

前回の「谷中七福神めぐり」の続きです。
まずはコースから。

1.東覚寺(福禄寿) → 2.青雲寺(恵比寿) → 

3.修性院(布袋尊) → 4.天王寺(毘沙門天) → 

5.長安寺(寿老人) → 6.護国院(大黒天) →

7.不忍池弁天堂(弁財天)



はい、こんな感じでした。
前回もお伝えした通り「谷中七福神」は、
江戸時代に始まった最古の七福神めぐり
といわれているものです。


では、最古の七福神めぐりの
続きをどうぞ!
昼食を済ませ、
お腹がいっぱいになったところで、
次の場所へと進みます。


☆天王寺(毘沙門天)  台東区谷中7−14−8
谷中霊園に隣接するこの護国山天王寺は、
鎌倉時代に開かれたお寺で、
当時は感応寺(かんのうじ)という名前で
谷中でも中心的な寺院でした。
敷地もすごく広かったそうです。


天王寺
天王寺 posted by (C)ルンちゃん


でも、元禄時代になると幕府の命令で
日蓮宗から天台宗へと改宗され、
寛永寺の末寺となりました。


またこのお寺は、江戸時代にあった
「富くじ」で有名なお寺で、
「目黒不動尊」「湯島天神」と共に、
「江戸三富」のひとつでした。


文政・天保の頃は
それは大変な賑わいだったそうですよ。


天王寺2
天王寺2 posted by (C)ルンちゃん


1868(慶応4年)には、彰義隊の兵火により、
本坊と五重塔以外は焼失してしますが、
その五重塔も昭和32年の事件により
焼失してしました。


☆長安寺(寿老人)  台東区谷中5−2−22
創建が寛文9年(1669年)といわれる
この大道山長安寺は、
老山和尚が開山したと伝えられるお寺です。
このお寺には小さいながらも
立派な板碑が4基あります。


長安寺
長安寺 posted by (C)ルンちゃん


板碑とは供養のための塔婆の一種です。
板状にした石に梵字や文字が彫ってあります。
板碑は街道めぐりの際もよく見かけますが、
こちらには鎌倉時代のものが3基、
室町時代のものが1基残されています。


またこのお寺には、
幕末から明治にかけて活躍した人物、
「近代日本画の父」ともいわれ、
東京美術学校の創立にも尽力した
狩野芳崖のお墓もあります。


次の場所に行く前に、チョッと立ち寄り。
それは谷中6−1−26にある「大雄寺」です。
こちらには、高橋泥舟さんのお墓があるのですよね。


高橋泥舟の墓
高橋泥舟の墓 posted by (C)ルンちゃん


ご存知でしょうけど、高橋泥舟は
勝海舟・山岡鉄舟に並ぶ
江戸時代の「三舟」といわれる人物です。
近藤勇や土方歳三が応募した浪士組の
浪士取扱となった人ですよね。


泥舟の看板
泥舟の看板 posted by (C)ルンちゃん


七福神めぐりには関係なかったのですが、
新選組つながりで立ち寄らせてもらいました^^
しかしこの石は立派ですね。
比べる物がないのでわかりにくいかもしれませんが、
かなり大きなものですよ。


さて、再び七福神めぐりです。
☆護国院(大黒天)  台東区上野公園10−18
東叡山寛永寺護国院は、天海僧正の弟子の
生順が、釈迦堂の別当地として建立した寺です。
幾度かの移築の後、現在の場所に至ります。
現存の本堂は享保7(1722年)に寛永寺の釈迦堂として
建てられたもので明治36年に寛永寺から移築されました。


そして最後は不忍池の弁天様です。


☆不忍池弁天堂(弁財天)  台東区上野公園2ー1
上野公園の不忍池の中央にある中之島。
その島にあるのが弁天堂です。こちらが
「谷中七福神」の弁天様がいらっしゃる所ですよ。


不忍池は、元は上野台地と本郷台地の間に
深く入りこんだ入江の名残りと云われる場所です。
それがいつしか池になっていったのです。


弁天堂は、その不忍池を琵琶湖に、
中之島をその琵琶湖にある竹生島に見立てて
作ったといわれています。
そこに建てられたのが弁天堂なんですね。


不忍池弁財天
不忍池弁財天 posted by (C)ルンちゃん


ここができた当初は本当に島で、
舟で渡らないと行かれなかったそうです。
その後、空襲で焼失し、
昭和33年に再建されました。
今では立派な橋ができ、
不自由なく弁天堂に行かれます。


こちらで本堂に上がって
弁財天様にお祈りして七福神めぐりは終了です。
お疲れ様でした。


いつもならここで、
七福神の色紙をお見せするところなんですが、
こちら谷中の場合は、大判の和紙に
ご朱印をいただくものなんです。


今回は最初のうち雨も降っていたので、
この和紙ですと濡れてしまい、チョッと持ち運びにくく、
また色紙にいただくのを自分のモットーとしている為、
今回はご朱印はいただきませんでした。


谷中は何度か史跡めぐりできた場所でしたが、
七福神めぐりで来たのは初めてでした。
目的が違うと、また新たな発見がありますね。


ちなみに谷中界隈は、
彰義隊関連の史跡もありますし、
少し歩けば将軍様方のお墓のある
寛永寺などもあります。


見たいものがいろいろある谷中なので、
また機会を作って訪れてみたいです。

→ 谷中七福神めぐり 1


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posted by ルンちゃん at 10:50| Comment(0) | ・谷中(2017) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月22日

谷中七福神めぐり 1


年末から年始にかけては超忙しく、
そのうえ自宅のパソコンの調子が悪くなり、
今、自宅以外のパソコンを使って更新しています。


しばらく更新できずにいましたが、
やっと今年最初の記事ができましたので
UPしますね


今回も長いので、
2回に分けてお伝えします。


年始めは、毎年恒例の七福神めぐりのお話です。
昨年は「八王子七福神」の七年めぐりが完了し、
黄金の色紙がいただけました。


それで今年は「八王子七福神」は
行かなくてすむので、少し遠くの
七福神めぐりをしたかったのです。


でも上述の通り、忙しすぎて計画が立てられず、
今回は街道歩きのメンバーが主催する、
恒例の七福神めぐりをするだけに
なってしまいました^^;
(でもまあ、行かれただけでもいいか)


というわけで、今年の七福神めぐりは
「谷中七福神」のみですが、
楽しく行ってきましたので、
どうぞ記事をお楽しみ下さいね。
さて、コースはこちらの通りです。


1.東覚寺(福禄寿) → 2.青雲寺(恵比寿) → 

3.修性院(布袋尊) → 4.天王寺(毘沙門天) → 

5.長安寺(寿老人) → 6.護国院(大黒天) →

7.不忍池弁天堂(弁財天)



「谷中七福神」は、江戸時代に始まった
最古の七福神めぐりといわれていますよ
それは上野寛永寺の開祖・慈眼大師天海僧正が
七福神を創設したからだといわれています。
今回、神様のいらっしゃる場所7ヶ所は、
すべてが寺院です。


最古の七福神めぐりへ出発!!


☆東覚寺(福禄寿)  北区田端2−7−3
こちら白龍山東覚寺の門前には、赤紙仁王像が
佇んでいます。この仁王様のお姿は見られません。
なぜなら、このように赤紙が貼られているからです。


東覚寺
東覚寺 posted by (C)ルンちゃん


この赤紙は何でしょう?
じつは、自分の体の悪い部分と同じ場所に、
この赤紙を貼って祈願すると、
病気が治るといわれているんですね。
それで、仁王様は全身赤紙に包まれているのでした。


もうひとつ、東覚寺は本堂の裏手にある
庭園が見所です。こちらはお正月のみの開放なので、
七福神めぐりに来たなら、是非見ておきましょう!


東覚寺のお庭
東覚寺のお庭 posted by (C)ルンちゃん


池をぐるりと巡ると七福神の神様達が
そこかしこにいらっしゃいます。
どこにいらっしゃるか、探してみるのも楽しいですよ。


☆青雲寺(恵比寿)  荒川区西日暮里3−6−4
この浄居山青雲寺のある辺りは、江戸時代中頃から
「日ぐらしの里」と呼ばれて庶民に
親しまれていた場所です。
当時は想像以上の賑わいだったのでしょうね。


青雲寺
青雲寺 posted by (C)ルンちゃん


この青雲寺は
花見寺として有名な場所だったそうで
人々が集い花をめでて楽しんでいたそうです。


こちらは、宝暦年間(1751〜64年)に
堀田相模守正亮(まさすけ)によって
中興されたといわれているお寺です。
境内には江戸時代に活躍した
「南総里見八犬伝」の作者である滝沢馬琴の
「筆塚の碑」「硯塚の碑」などもあります。


☆修性院(布袋尊)  荒川区西日暮里3−7−12
青雲寺と同じ通りにある、この運啓山修性院も
青雲寺や近くの妙隆寺(後に修性院と合併)と
同様に花見寺として賑わった場所です。
このお寺の布袋様も「日ぐらしの布袋」と呼ばれて
親しまれていました。


修性院
修性院 posted by (C)ルンちゃん


ちなみに歌川広重の「名所江戸百景」に
登場する日暮里寺院の林泉は、
この境内の春の景色だそうですよ。


今は寺の塀に、可愛らしい布袋様の
四季をモチーフにしたイラストが描かれています。


はい、ここまで来たところで
昼食時間になったので、しばし解散。
各自で昼食を取ります。
私は土地勘がないので、他の人と一緒に
講師の先生の行くお食事処「たんぴょう亭」に
同行させてもらい、美味しい「鮪づけ丼」を頂きました。


他にも穴子丼や、
牡蠣ものっているお刺身定食やら、
美味しそうなメニューが目白押しなので、
また来る機会があったら、是非立ち寄りたいです。


そして次回に続きます
→ 谷中七福神めぐり 2

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posted by ルンちゃん at 18:52| Comment(0) | ・谷中(2017) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする