2018年05月29日

歳三忌がありました

平成30年5月12日の土曜日。
「歳三忌」に行ってきました。


今年は個人的な都合で
「近藤勇忌」には行かれなかったので、
こちら「歳三忌」が、私の今年最初の
新選組行事です。


まずは土方歳三さんのお墓参りを
致すべく、日野の石田寺へと向かいます。


法要は午前11時からでしたが、
今年はいつも一緒のKちゃんが
午後からの出席だったので、
時間を気にせずのんびりと
家から歩いて墓参に出かけました


といっても、最初は
電車に乗っていくつもりだったので、
靴もウォ―キング用ではなかったし、
家を出たのも遅かったので、
思った以上に時間がかかり、
墓所に到着したのは12時30分!


もちろん法要は終わっていましたが、
おかげで待つこともなく、
歳三さんの墓参ができました


そして講演会の会場である
高幡不動尊へモノレールに乗って向かいます。
(もう足にできたマメが痛くて
    歩きは無理でした^^;)


本当ならKちゃんより先に
会場に着くはずだったのに、
1時半に到着していたKちゃんより
遅れて会場の信徒会館に到着です
(ごめんね、Kちゃん^^;)


Kちゃんが取っておいてくれた席につき、
束の間雑談。そして、午後2時から
講演会の始まりです。


講演会の最初に、昨年亡くなった
高幡不動尊の川澄祐貫主へ
皆で黙祷を捧げました。


川澄貫主は、日野の新選組(活動)に
なくてはならない方でした。
お忙しい「新選組祭」の時に
「歳三忌」へお顔を出していただいたり。


川澄貫主が新選組に
関わっていたことは、いろいろでした。
そんな貫主のお話が聞けないことは
とても悲しいです。。。


気を取り直して、講演会のお話です。
今年の演者は、小島政孝氏。
知る人ぞ知る小島資料館の館長さん。
小野路の小島鹿之助さんのご子孫の
方ですね


お話をお聞きするのは久しぶりでしたので、
とても楽しみでした。この日の演題は
「小島家日記にみる新選組隊士たち」です。


小島家に訪れた土方歳三や沖田総司のお話は
超有名ですよね。もちろん知った部分は
多々ありますが、関係者のご子孫の方から
語られるお話は、また違った感覚で、
聞いているだけでワクワクしてきます


そして今回は、小島家日記の他に
「橋本日記」と小島家19代の書いた
「梧山堂雑書」も組み合わされた
資料をいただきました。


ちなみに日記などの資料は
インターネットでも見ることが
可能になったそうです。
詳細は小島資料館HPへ


近藤らがどのように行動していたのかが
よくわかって、とても参考になりましたよ。
小島資料館には、しばらく行っていないので、
また機会を作ってでかけてみたいと思います。


講演会の後は、いつもの通り、
新選組研究家の方々の紹介や、
抽選会などで盛り上がりました。


でも今年私が得たものは
いつも自分でも購入している
「歳三サイダー」だったので、
チョッとがっかり


本当は研究書とかお酒とか
狙っていたのですが、毎度の通り
そこには至りませんでした。
(なにか貰えただけでも、よかったか)


次回、「総司忌」に期待を掛けて(?)
平成30年の「歳三忌」は終了です。


そして、ここで終わることなく、
2次会へと向かいます。
2次会は親しい人々との楽しい会話。


そして今年は3次会にも出席して、
研究家の熱くて楽しい会話に
心躍らせたのでした


やっぱり、新選組と関われてよかった。
またこれからも楽しく新選組に
関わっていこうと思う1日でした


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2018年05月23日

飯盛スギという名の杉

あんまり知られていないかもしれませんが、
高尾山には東京都指定の天然記念物である
「飯盛スギ」という杉の木があるのです。


それは高尾山薬王院の
御朱印がいただける建物の、
そのまた奥にあるシャクナゲ園の中に
あります。


この時期、つまり4月下旬から5月中旬の
シャクナゲの花が咲く時だけ、
花の観賞の為に開かれるシャクナゲ園。


とても綺麗なシャクナゲが咲き競っている
その敷地の一番奥に、ほとんど人に知られずに
「飯盛スギ」は佇んでいます。


これが飯盛スギです
これが飯盛スギです posted by (C)ルンちゃん


平成22年3月に建てられた案内板によれば、
(↑一応、案内板もある)
天然記念物に指定されたのは昭和59年4月28日で、
幹周り7.5m、樹高45.0mだそうです。


飯盛スギとはいうけれど
飯盛スギとはいうけれど posted by (C)ルンちゃん



当時でそれくらいだったのですから、
35年ほど経った今ですと、もしかしたら
もっと大きくなっているかもしれませんよね。


「飯盛り」の名の由来通り、
かつてはご飯を盛ったような
円錐形の形をしていたのでしょうが、
昭和34(1959)年9月26日にあった
伊勢湾台風の被害で、その形は
くずれてしまっているようです。


しかも、人がほとんど入ってこない場所なので、
手入れの後もなく、寂しい感じがします。
シャクナゲ観賞に来た人たちも皆、
この杉の木に目を向けることなく立ち去ってしまいます。


シャクナゲ園にて
シャクナゲ園にて posted by (C)ルンちゃん


天然記念物なのだから、もう少し手を加えてほしい、
みんなに見てもらいたい、と
いつも思ってしまうのですけど…^^;


この巨木のすぐ脇に小道がありますが、
(もうほとんどわからないですけどね)
そこが旧大山道で、高尾山と相模にある大山と
藤沢・江ノ島方面を結んだ脇往還だったところです。
今は通行止めですけどね。


たぶん江戸時代などは、
近辺の人々はこの道を通って、
昔の信仰(および娯楽)だった大山めぐりや
江ノ島訪問を楽しんだのでしょう。


もしこの道が、今でも通ることができていたなら、
私も昔の人と同じ道で、大山や江ノ島に
行ってみたかったです。


飯盛スギの看板
飯盛スギの看板 posted by (C)ルンちゃん


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