2008年08月27日

近藤勇の襲名披露試合の日


1861年8月、
天然理心流宗家3代目近藤周助は、
門弟たちへある書状を送りました。


その書状には
「私ももう歳だから、この辺で
 勇に4代目を譲ることにしたので、
 その襲名披露試合を府中六所宮でするから、来て欲しい」

と、したためてありました。


雨天なら翌日に順延のところ、
幸いにして雨も降らず、当日を迎えました


近藤勇、天然理心流4代目襲名披露の野試合

こうして1861(文久元)年8月27日に開かれたのです。
(ちなみに新暦に換算すると10月1日^^)



野試合のあった府中六所宮とは、
現在の府中市の大国魂神社のことです。


その東広場に
総大将の近藤勇、太鼓役に沖田総司
鉦役の井上源三郎の姿が本陣にありました。
総司の義兄林太郎も軍奉行として同じ場所にいます。


勇は戦いの検分役、
総司は勝負がついたときの合図役です。


そして門弟たちはというと、
30数人ずつ赤白に分かれます。
赤の大将は、御嶽堂 糺。
   

土方歳三や山南敬助は赤軍の戦士
として
名を連ねていました。


対する白の大将は歳三の義兄 佐藤彦五郎です。
こちらには井上源三郎の兄、井上松五郎がいます。


試合は3回戦行われ、それぞれの
額(ひたい)の上の「かわらけ」が
割れると負けです。


さて、勝負はというと…


1回戦は乱戦の後、白の勝ち!
2回戦は彦五郎が山南らに討ち取られ、赤の勝ち!


そして3回戦!


彦五郎がみずから敵陣に乗り込み
大将同士の一騎打ちとなり、勝負の末 
彦五郎が相手を討ち取って、
白軍を勝利へと導きました!!


こうして、襲名披露の野試合は
大盛り上がりで無事終了し、
以後島崎勇は近藤勇と名乗り、
宗家の長として過ごすのです。


ところで…^^;


この野試合の日は、その後も大いに盛り上がり、
門弟たちは府中宿のすべての遊郭を貸切り
はめを外したもようです^^;


湯治のため野試合に欠席していた小島鹿之助が
後でその話を聞いて、
「あなたが一緒についていながら…」と
嘆きの手紙を佐藤彦五郎に送ったとか…^^;


若き門弟たちの
忘れられぬ青春の思い出です。

今日の記事はいかがでしたか?
「今日読んだよ、面白かったよ、役に立ったよ」の印に
応援クリックを頂けますと私の励みになります。

⇒ 歴史ブログ 幕末・明治維新

クリックをたくさん頂いた記事を、
今後の記事アップの参考にして、
もっと楽しい記事を作っていきたいです^^(ルンちゃん)
 
新選組のチョッと話 トップページに戻る
posted by ルンちゃん at 10:18| Comment(0) | TrackBack(0) | ・新選組「今日は何の日」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック