2009年11月02日

東の地蔵

多摩の史跡案内  〜その29〜

     東の地蔵 〜日野宿〜

 
旧佐藤彦五郎邸のあった日野宿は、
甲州道中(甲州街道)の
府中宿と八王子宿の
ちょうど間にあった宿場町です。


すぐとなりに大きな宿場があったので、
日野宿はどちらかといえば、
川を渡る際の休息場として
利用されていました。


宿場は京都のある西の方角を上として、
上宿・中宿・下宿の3つに分けられます。
中央の中宿にあったのが本陣ですよ。


ちなみに、今ある
旧佐藤彦五郎邸(現日野宿本陣)

最初の頃は脇本陣でしたが、
大火の際に本陣が焼けたためか、
幕末くらいから本陣として使われたみたいです。
(はっきりとはわかっていないようですが…)



貞享元(1684)年以後に整えられた道は
日野渡船場
のあった
「現・立日橋」から南に進み、
鍵辻になって西へと曲がり、日野宿に入ります。
そこが江戸から来た人たちの
宿場の入口だったんですね。


その鍵辻の手前に、
福地蔵と呼ばれる「東の地蔵」があります。


今あるお地蔵様は明治28(1895)年のものですが、
それ以外にも、文化8(1811)年の馬頭観音石塔などが、
この場所にあります。
いかにも宿場のはずれという感じです。


それらを眺めていると、ここに幾多の人々が
行き来した情景が浮かんでくるようです。
きっと、江戸から出稽古に来た近藤勇沖田総司
日野から府中や江戸に向かった土方歳三も、
この道を通っていたのでしょう。


お地蔵様は、今も行き交う人を見守っています。

日野宿 東の地蔵
日野宿 東の地蔵 posted by (C)ルンちゃん

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posted by ルンちゃん at 10:36| Comment(0) | ・多摩の史跡案内 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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