2011年03月01日

甲陽鎮撫隊、進軍の日


久しぶりに、新選組版「今日は何の日?」です。


慶応4年という年は、正月から
鳥羽・伏見の戦いで始まり、旧幕府軍の敗戦、
徳川慶喜の大阪城脱出・江戸での謹慎と、
あわただしい日々の連続でした。


新選組はといえば、敗戦した大阪より船を利用し、
近藤勇や怪我人を乗せた富士山丸は横浜経由で品川へ、
他の隊士たちは順動丸で直接品川へと向かいました。


そして品川釜屋でしばらく逗留の後、
鍛冶橋門内の元若年寄 秋月種樹(たねたつ)の役宅に移り、
そこを江戸の屯所としてようやく落ち着くことができたのです。


その頃、新政府軍は東海道と中仙道の二手に分かれ
江戸へと向かっていましたが、2月29日には
もう諏訪付近までやってきているとのこと。


甲州では農民の一揆や、博徒の横行が頻発し、
治安維持のためにも鎮撫の部隊が必要でした。
そこで新選組にその任務が当てられたのです。


しかし、一方では江戸城を無血開城させようとしていた
勝海舟がその話をスムーズにさせるために、
血の気の多い新選組を江戸から排除したとか、
相手への脅しに使ったとか、などともいわれています。


本来の目的はどうだったのか、真の意味を知ってか知らずか…
かくして新選組は幕命により、近藤は大久保大和守剛、
土方歳三は内藤隼人と名前を変えて、
甲陽鎮撫隊として甲府城へと向かったのでした。


それが慶応4(1868)年3月1日 のことです。
(新暦に換算すると1868年3月24日)


行軍には京都以来の新選組隊士の他に、
浅草弾左衛門の配下を加えた総勢約200人と、
大砲2門と小銃500挺、軍資金5000両(それ以上とも)を携えて、
出発します。


ところが、出発してまもなくの内藤新宿で
進軍をやめて早くも宿陣^^;
烏合の衆のような この集団が、
甲府城に入るのは いつのことなのか?
先行き思いやられる行軍でした。

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posted by ルンちゃん at 12:37| Comment(2) | ・新選組「今日は何の日」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
TITLE: 今まさに・・
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「一刀斎夢録」がそのあたりです(^^)
影の主役は市村鉄之助なんですが、なんとも重たいお話です。
でも新撰組の「なぜ?」が斎藤一の声として語られています。
なかなか面白いですよ〜(^^)
Posted by 味のり at 2011年03月03日 11:04
TITLE: 読んでます
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味のりさん、お久しぶりです。
こんばんは^^

「一刀斎夢録」私も今、読んでいるところですよ。
もうすぐ西南戦争に入ります。
今までに味わったことのない物語なので、けっこう話に夢中になっていますね。

味のりさんも読み終わったら、感想を教えて下さいね^^
Posted by ルンちゃん at 2011年03月03日 23:08
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