2012年04月06日

御前稽古に出られなかった人

久しぶりの新選組版「今日は何の日?」です。


文久3(1863)年の3月15日に、
壬生の浪士組(残留組)は、
正式に会津藩のお預かりとなり、
4月16日には会津藩に招待されて、
容保様に御前稽古を披露しました。


きっと呼ばれた者はみんな、
希望に胸を膨らませたことでしょうね。


でも、残留組になったにもかかわらず、
希望を見出す間もなく、亡くなってしまった隊士もいます。
その人の名は、阿比留鋭三郎(あびる えいざぶろう)。
(阿比留栄之介、阿比原栄三良、阿比留栄三郎とも)
元対馬藩の人です。


彼は北辰一刀流を、
千葉栄次郎(千葉周作の次男)の元で修行しています。
浪士組に加わろうと思ったのですから、
それなりに腕にも自信があったはず。


浪士組に参加したときは、三番組隊士として上洛。
その後、浪士隊が分裂すると、
清川八郎の率いる本隊と共には江戸へ戻らず、
残留組として京に残ったのでした。


希望を見出そうと京に留まったのか、
それとも病の身で、もはや旅することもできなかったのか。
けっきょく彼は、まもなく死去します。


それが文久3(1863)年4月6日でした。(新暦だと5月23日)
※3月25日の死亡説もあり


彼の死因は病死だといわれていますが、
殺害されたともいわれています。その辺はよくわかりません。
享年21歳(23歳とも)というと、あまりにも若い死です。
病気だったとしたら、沖田総司のように労咳とも考えられますね。


そういえば、大河ドラマ「新選組!」では、
阿比留の枕元に「虚労散薬」が置いてありましたね。
あの薬は労咳の薬なので、ドラマの中では阿比留は
労咳(=結核)という設定だったようです。


ドラマ中、ひとり病気治療のために江戸へ帰る阿比留鋭三郎。
彼の背中が、やけに痛々しく感じましたね。


阿比留を演じていたのは、カルテカの矢部さんでした。
弱々しいイメージが病身役にピッタリでしたね。
阿比留が映像に登場するのはめずらしいので、
今でもよく覚えています。


実際の阿比留鋭三郎は江戸に帰ることもなく、
遠い京の地で亡くなったようです。
阿比留鋭三郎の遺体は壬生墓地に埋葬され、
現在 墓石は壬生寺にあります。

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posted by ルンちゃん at 00:15| Comment(0) | ・新選組「今日は何の日」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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