2013年09月08日

クマと遭遇・・・か?


会津旅行 3日目(その2)


前回の続きです。


「お秀茶屋」を出た私たちは、
うまいタイミングでやってきたバスに乗り、
次の目的地へ向かいました。


バス停だと1個だけの移動なんですけど、炎天下なので
この乗り物移動は、とてもありがたかったです。


そして到着したのがこちら。

松平家墓所
松平家墓所 posted by (C)ルンちゃん


松平家御廟(ごびょう)です。
会津藩主の御廟で、こちらに2代・正経様から、
9代・容保様、照姫様のお墓があります。


道しるべ
道しるべ posted by (C)ルンちゃん

御廟の看板
御廟の看板 posted by (C)ルンちゃん
容保様の墓所は看板で見ると左上あたりです。
現在地から直線コースなら近いけど、
ちょうど迂回する感じなので、一番遠い^^;



入口近くの看板を見て、墓所への坂道を見上げてみると、
行く先はなんとなく、うっそうと茂った
森のように感じられました。


「なんだか クマでも出そうな場所だよね」


なんて、Kちゃんと冗談めかして話していたところ、
あっ看板!

クマ出没注意!
クマ出没注意! posted by (C)ルンちゃん
いたるところにこの看板があります。
ちなみにこの写真は、もっと上にある
容保様の墓所近くのです



やっぱり出るんだ〜、クマが!!


じつはルンちゃん、波長が合うのか、
彼ら(野生動物)とよく遭遇するんですよね。
過去には、野ウサギ・リス・
ライチョウ・エゾシカなどがありました。
(ここまではカワイイけど^^;)


甲州街道(甲府)で、突如 
畑に現れた野生のサルの群れは怖かった〜。
群れまで3メートル位しか離れていなくて、ボスがそれとなく
こちらを見ていましたっけ。
最近では家の近所で、ハクビシンと出会っていますよ^^;


函館旅行に行ったとき、
二股の戦場(山の上)にも足を運びたかったけど、
クマに会いそうな気がしたので、行かなかったくらいです。
ですからこの看板を見たときも「まずいな〜」と思いましたよ。
ぜったい、クマには会いたくない…^^;


しかもクマが出るなんて思ってもいないので、
音の出るもの、鈴もラジオも準備していないし。
「鈴だけでも持ってくればよかった」
なんて後悔したほどです。


でもそのとき「じゃあ、引き返そう」
という話にはならず。こんな炎天下だから
クマも歩いていない(かな?)なんて思いつつ、
カバンから飲みかけのペットボトルを取り出し叩きます。


こうして、なんでもいいから
音を立て周囲を気にしながら、
緊張しながらもふたり登って行きましたよ。


しばらく歩くと、とても幻想的な広場に到着。
ここには歴代藩主の碑が立てられています。

歴代藩主の墓
歴代藩主の墓 posted by (C)ルンちゃん
亀趺(きふ)のある石碑
亀趺の顔は、すべて藩主のお墓の方を向いています



それぞれ、大きな亀の背に石碑が乗せられています。
この形を以前にもどこかで見たことがありました。
「この亀、何だっけ?」と思いましたが、
その時は思い出せず。


でも、その後もずーっと気になったので、
後日ですが、帰宅してから調べてみましたよ。


この亀の像は、亀趺(キフ)と呼ばれるものだそうです。
「亀の台」というような意味みたいですが…
もとは中国の貴族階級の風習だったものが、江戸時代以降
日本にも伝わってきて、各地に建てられたようです。


この亀趺にある亀は、じつはカメではなく、
中国の伝説にある「贔屓(ひいき)」という霊獣だそうです。


龍が生んだ9頭の子のうち龍になれなかった1個体で、
「重きを負うことを好む(霊獣)」といわれるゆえに、
石碑などを背に乗せた像が作られるようになりました。


ちなみに、この「贔屓」は、あの
「○○さんは、いつも課長に贔屓されてる」
などと使われる「贔屓」で、
この霊獣の名前が語源だそうですよ。


本来は「一生懸命努力して力を出す様子」を
意味したようですが、いつのまにか
「特別に便宜を図ったり、力添えをしたりすること」という意味に
変わってしまったのですって。


どこをどうすれば、
こんな風に変わってしまうのかは、
よくわかりませんけどね^^;


そんなわけで、チョッと脱線してしまいましたが、
亀趺についてのモヤモヤが
すっきりしたところで、話の続きです。


亀趺は、その人の高徳や功績を刻む碑が
上に乗せられることが多く、時には
墓石自体が乗せられていることもあります。
私が初めて見たのは島根県の松江でしたが、
そのときは墓石が乗っていました。
(だからめずらしくて覚えていた^^)


こちら会津では、各藩主の碑が乗せられていますよ。
墓石はこの右手にある高台の方に、
それぞれ置かれています。


今回はそちらへは行かずに (クマが出るかもなので^^;)
目的だった容保様のお墓の方へ直行します。

松平容保の墓
松平容保の墓 posted by (C)ルンちゃん


こちらが容保様の墓所です。
容保様は亡くなった当時(明治26年=1893年12月5日)は、
新宿の正受院に仮埋葬されましたが、大正6年の
戊辰殉難50年祭の時に、こちらへ改葬されたそうです。
この時、義姉・照姫様も一緒に改葬されました。


照姫様のお墓は、
容保様のお隣にある「松平家の墓」の方になります。

容保様の亀趺
容保様の亀趺 posted by (C)ルンちゃん
こちらが容保様の亀趺です



お参りをしていたら、クマならぬ
観光客らしき人達と次々遭遇しました。
ここまで来るのは私達くらいかと思っていましたが、
やはり大河ドラマの影響でしょうか。


けっこう見学に来るみたいで、
これならクマも出てこられないだろうと
チョッと安心して下山しました。

次回に続く…

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posted by ルンちゃん at 23:40| Comment(0) | ☆会津(2013) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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