2014年01月27日

小仏関跡

多摩の史跡案内  〜その35〜
          小仏関跡 


JR線「高尾」駅前の国道20号線を
高尾山方面に歩いていきます。
ガードレールをくぐって
「西浅川」の交差点まで来たら右に曲がり、
一キロほど進んでいくと右側に碑が見えてきます。


それが「小仏関跡」です。


碑の前の道は「旧甲州道中(甲州街道)」のルート。
駒木野と呼ばれるその地には、かつて
「関東の三関」のひとつ、小仏(こぼとけ)の関所がありました。


甲府へと向かう道なので、たぶん甲陽鎮撫隊も
この関所を通ったことでしょうね。

小仏関跡1
小仏関跡1 posted by (C)ルンちゃん


現在の関所跡は江戸時代のものです。
それより前(戦国時代)は小仏峠に設けられていて、
富士見関と呼ばれていたこともありました。


北条氏の頃にふもとに下ろされ、
江戸時代になって徳川家康の命で
今の地へ移されたようです。


1623(元和9)年以降、
ここには4人の関所番が配備され、
明け六つ(午前6時)から暮六つ(午後6時)までの間、
関所を通過することができました。


ただし通過には手形が必要です。
名主に発行してもらった町人手形を携え、
自分の番が来ると番所の前の手形石に
その手形を置きました。


そしてもう1つの手付き石に自分の手をついて、
通過の許可が出るのを待ったそうです。
その手形石と手付き石は、今も残っています。

手形石と手付石
手形石と手付石 posted by (C)ルンちゃん


「入鉄砲に出女」といえば、
学校の教科書にも載っていましたね。
こちらの関所でも、かなり厳しく取り締まったようです。
ただし地元の人は下番を交替ですることもあって
自由な一面もあったようです。


そんな関所も江戸幕府がなくなると
1869(明治2)年には廃止となりました。
建物は壊され、今は手形石と手付き石だけが、
ポツンと残されています。

小仏関跡2
小仏関跡2 posted by (C)ルンちゃん

小仏関跡(国指定史跡 昭和3年1月18日指定)
八王子市裏高尾町420番地の1外

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posted by ルンちゃん at 23:54| Comment(0) | ・多摩の史跡案内 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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