2015年11月15日

今戸火鉢


今回は久しぶりに
『新板大江戸名物双六』のお話ですよ。


『新板大江戸名物双六』の18コマ目に出てくるのは
今戸火鉢です。


今戸火鉢は江戸時代の中頃より、
浅草の「今戸」や「橋場」辺りで焼かれていた
「今戸焼」という陶器の製品のひとつです。
昔はこの一帯に沢山の陶器を焼く釜が、
あったそうですよ


歌川広重の「名所江戸百景」にも
この「今戸焼」の様子が描かれていて、
釜から煙の出ている風景を見ることができます。

※参考までに、こんな感じです

歌川広重「名所江戸百景」
【墨田河橋場の渡かわ...



「今戸焼」は素焼きの陶器で、
火鉢や茶道具の他にも、
植木鉢や瓦、土人形など、
庶民の日常生活に根付いた品物が
多く作られていました。


双六に描かれている絵も
そんな作品のひとつなんですね。
「おかめ火鉢」と呼ばれるものですよ


これは、正面は「おかめ」の顔をしていていますが、
後ろは空洞になっていて、そこから炭を
入れるようになっています。


赤くなった炭をおかめ火鉢に入れて、
自分の傍に置き、手あぶりしながら
暖をとったようです。


今戸にある「今戸神社」には、
「今戸焼発祥之地」という碑が建っています。


今戸焼発祥之地碑
今戸焼発祥之地碑 posted by (C)ルンちゃん


これが、なんと
「沖田総司終焉の地」碑のとなりに
建っているんですよね〜。ご存知でしたか?


じつは沖田総司の碑のとなり
じつは沖田総司の碑のとなり posted by (C)ルンちゃん


今戸神社は一時期、
医者の松本良順先生が滞在していた場所で、
沖田総司が少しの期間、
療養していたともいわれています。


永倉新八伝に「今戸にて死す」とあったので、
ひとつの説として、ここに総司の碑が
建てられたみたいです。


― 『新板大江戸名物双六』を調べていたら
沖田総司ゆかりの地に至る― 
というのも、私にしてみれば不思議なご縁です。


江戸時代には、大勢住んでいた
今戸焼の職人さんたちですが、
時代と共に需要が減ったのか、
廃業したり移転したりしたようです。


そして平成の現在では、今戸の職人さんは
たった1軒になってしまいました。
「今戸焼・白井」さんでは、
今も招き猫や干支の置物などを焼いています。


それらの作品の中のひとつに、
「待乳山聖天」の縁起物がありましたよ。
「待乳山聖天」は今戸のすぐ近く、
浅草7丁目にある寺院です。


縁起物は、こちらの貯金箱です
大と小がありましたので、今回は
小を購入しました。

待乳山聖天にある今戸焼
待乳山聖天にある今戸焼 posted by (C)ルンちゃん

「巾着袋に大根」の貯金箱。
これは聖天様のご利益を端的に表す絵柄です。


今戸焼は素朴な感じのする物が多いのですが、
これは金色でかなり派手ですよね。
まあ、金運の縁起物ですから、
これくらいの方がご利益がありそうです。


うしろにコインを入れる口がありますが、
出し口はありません。昔よくあった
「ブタさん貯金箱」のように、
本体を割って取り出す方式です。


貯金箱の裏側
貯金箱の裏側 posted by (C)ルンちゃん


でも、割るのはもったいないので、
しばらくは飾っておくだけにしておきましょう^^;


白井さんの今戸焼は
とても懐かしい感じがして、私も大好きです
欲しい物がいくつかあるので、これから
少しずつ集めたいと思っています。


追記…11月号の「JAF Mate」の表紙は
   偶然にも「今戸焼・白井」でした。
   気になったら、そちらもご覧下さいね。
   JAF Mateパーク ⇒ 撮影談/立木義浩


※『新板大江戸名物双六』の絵は
  国立国会図書館デジタルコレクションで見られます。
  http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1310566

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posted by ルンちゃん at 23:46| Comment(0) | ・新板大江戸名物双六 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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