2017年08月18日

近藤先生も食べたかも 鳴子うり


久しぶりに『新板大江戸名物双六』のお話です。
『新板大江戸名物双六』の13コマ目に登場するのが
鳴子うりです。


「鳴子うり」って何のこと?
って思うかもしれませんが、
昭和生まれの人には懐かしい、
「マクワウリ」のことですよ


昭和の頃には、
よく八百屋さんで売っていた
「プリンスメロン」に似た味の
ウリ(メロン)です。


現在では、それよりもっと甘い、
網目のあるメロンが出回っているので、
すっかりすたれてしまった
昔のメロン。


それが 鳴子うり(マクワウリ)
なのでした。


「鳴子うり」の名前の由来は、
江戸時代に特産地だったのが
今の新宿区の「成子神社」辺りだったからとか、
その辺りを「鳴子坂」と呼んでいたからとか
あるようです。


鳴子ウリの看板
鳴子ウリの看板 posted by (C)ルンちゃん


成子神社の鳥居
成子神社の鳥居 posted by (C)ルンちゃん

また「四谷ウリ」などとも
呼ばれていたようです。


でもこのマクワウリ、
出処はしっかりしていて、実は
元和年間(1615〜24年)に、徳川家康が
美濃の国の真桑村から農民を呼び寄せて、
わざわざマクワウリを栽培させたのが
始まりなんだそうです。


甘いものがあまりなかった時代なので、
夏が季節のマクワウリを、どうしても
食べたかったのでしょうね。


マクワウリの根は浅いため、
土の乾燥にはとても弱いのだとか。
ですから育てるには、
湿り気のある土が良いそうですよ。


その点でこの鳴子界隈は、
神田川が近くにあり栽培に
とても適していたようなんです。
それでこの界隈でマクワウリ(鳴子ウリ)を
育てることになったそうです。


成子神社の本殿
成子神社の本殿 posted by (C)ルンちゃん

成子神社
成子神社 posted by (C)ルンちゃん


また、元禄11(1698)年には、
「新宿」という新しい宿場が開かれたため、
益々栽培は盛んになりました。
それは明治に至るまで続いたそうですよ


でも現代では、この地で「鳴子ウリ」は、
栽培されていません。
さっきのような理由もありますし、
こんな都心の ど真ん中ですから
畑すらも見当たりません。
残念なことですね。


ところが、
実は栽培地に選ばれていたのは、
ここだけじゃなかったんです!


美濃の国から農民を呼び寄せて
マクワウリを作らせた時、
この鳴子地区以外にもマクワウリを
作らせた土地があったのです。


実はそこは新選組ファン
というか近藤勇らが好きなファンなら
知っている場所なんです。


それは、近藤勇が天然理心流の
襲名披露試合をした場所、
府中なんですよ


府中の是政(これまさ)村で、
マクワウリの栽培も同時に
させていたのです。


しかも、こちら府中では、
今でもマクワウリの栽培がされていて
食べることができるのです


そんなわけで、府中に行って
マクワウリを探してきましたよ。
そのお話は、また次回。
どうぞお楽しみに!

※『新板大江戸名物双六』の絵は
  国立国会図書館デジタルコレクションで見られます。
  http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1310566

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posted by ルンちゃん at 11:53| Comment(0) | ・新板大江戸名物双六 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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