2019年06月03日

『乞田鍛冶』ってなんだ?

先日の歳三忌の時、友人から
「乞田鍛冶」についての情報を貰いました。
それで日曜日を利用して
多摩センターへ行ってきたのです。


「乞田鍛冶(こったかじ)」というのを
あなたはご存知でしょうか?
幕末の頃、多摩地方にいた
兄弟鍛冶のことですよ。


しかも、新選組の刀も作っていた
ともいわれている鍛冶屋さんです


その乞田鍛冶のことがわかる
特別展が多摩センターで開催中なのです。


特別展『刀鍛冶と文明開化
    ー明治期・多摩の乞田鍛冶の渡米に見る
                   海外技術導入』
場所/パルテノン多摩歴史ミュージアム
4月20日(土)〜7月15日(月祝)まで



私が乞田鍛冶のことを知ったのは、
たぶん5〜6年前くらいです。
日野市の新選組ふるさと歴史館だったか、
それとも佐藤彦五郎資料館だったかで、
その名前を聞いたのが初めてでした。


それで、ずっと
その名前を記憶していたのです。
当時は「こった鍛冶」の字さえ知らず、
でもその「こった鍛冶」という言葉が
記憶の片隅にあり、いつかは「乞田鍛冶」
について知りたいものだと思っていました。


それが先日の友人の話の中に登場し、
しかも特別展が開催中とのことで、
こうして多摩センターまでやって来たわけです。


会場に入って最初に見たのは、
佐藤彦五郎資料館所蔵の槍でした。
これも乞田鍛冶で作ったものだったのですね。
螺鈿が施されていて、なかなか立派なものです。


新選組の刀を作っていたということですが、
実際に新選組の誰が、乞田鍛冶の刀を
持っていたのかは確認できていません。


でも乞田鍛冶展を見ると納得できます。
乞田鍛冶と富澤政恕さん、
佐藤彦五郎さんや小島鹿之助さんらは、
それぞれが深い関わりがあったのですから。


ですから展示物の中には、
小島資料館蔵のものもありました。
そして、富澤政恕さん関連の物も。


彼らが農兵隊を作るにあたっては、
乞田鍛冶がすごく関わっていたのです。
佐藤彦五郎さんらは農兵隊の為に、
乞田鍛冶に頼んで、刀などを
仕入れていたようです。


そんな多摩の名主たちを通して、
新選組の近藤勇や土方歳三らも、
刀を注文していたのでしょう。


近藤らにとってみれば、刀は装飾品ではなく、
自分達の命を守るものですから。
そういう意味で、実用品である
乞田鍛冶の刀は重宝するものだったのでしょう。


そんな刀鍛冶の乞田鍛冶らは明治になって、
変貌を遂げていきます。まあそれは生きるために
そうせざるを得ないものだったでしょう。


そして自転車店なども開業していたらしいです。
多摩地方の鍛冶屋さんによっては、
昭和の時代も人々の生活の中で、
いろいろな道具を作っていたようです。


そんな彼らの様子がわかる今回の
『刀鍛冶と文明開化』展
なかなか良いものを見させていただきました。


⇒ パルテノン多摩 歴史ミュージアム


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posted by ルンちゃん at 15:52| Comment(0) | 新選組 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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