2020年10月06日

ゆかりの神社

ご無沙汰で〜〜す!


ずっと更新したかったのですが、
パソコンが使えなかったり、
コロナの影響で、旅できなかったりで、
しばらく疎遠になっていました。


でもまた、少しずつですが
更新していきたいと思います。
でもまた、パソコンが使えなくなったら
お休みになるかもなんですが…


まあ、それでも
めげずにやっていきますので、
どうぞよろしくお願い致します。


さて、昨年のお話なんですが、
かの方にゆかりのある神社を
訪問しましたよ。


かの方とは、
会津藩主だった松平容保様の
お孫様にあたる方、
秩父宮勢津子妃殿下です。
その方に関係のある『秩父神社』を
訪問したのでした


『秩父神社』には、
勢津子様の旦那様である
秩父宮雍仁親王がご祭神の1体として
祀られています。


『秩父神社』はとても有名な
神社ですよね。毎年12月2〜3日に
行われる『秩父夜祭』はこちら秩父神社の
例大祭なんですよ。


古くからある神社で、
由緒書きによれば、崇神天皇の御代、
知知夫彦命が、祖神である
八意思兼命(やごころおもいかねのみこと)を
お祀りしたのが、始まりだそうです。


※崇神天皇(すじんてんのう)は
 第10代天皇で、実在した可能性のある
 最初の天皇だそう。


また、戦国時代末期に兵火で焼失したご社殿を
徳川家康が命じて、再建させたのが
現在のご社殿でもあるようです。


ご祭神は先の秩父宮雍仁親王と
八意思兼命のお二人と、
知知夫彦命と天之御中主神
(あめのみなかぬしのかみ)が
いらっしゃいます。


こちらのご社殿には、
チョッと変わった彫刻が
されています。


南側の正面には、左甚五郎作と伝わる
『子育ての虎』がありますが、
母虎の模様がトラじゃなくて
ヒョウ柄なのです。
わざとそうしたらしいです。


また東側には、同じく
左甚五郎作と伝わる『つなぎの龍』
があります。


こちらの龍は夜な夜な
近くの池に行ってしまうので、
鎖で繋ぎ止められたという伝説が
あるのです。


彫刻の龍が?
って思いますが、
左甚五郎が彫った龍なら、
そんな伝説もありかな、
なんて思いますよね。


また、西側には
『お元気三猿』という
日光東照宮とは違った
三猿の彫刻が施されています。


最後に北側にあるのは
『北辰の梟(ふくろう)』
パッと見はわかりませんが、
よ〜く見ると真後ろを向いているのです。

北辰のふくろう
北辰のふくろう posted by (C)ルンちゃん
北辰の梟 説明版
北辰の梟 説明版 posted by (C)ルンちゃん
他の彫刻の写真は、
ご自身が行った時に見てみてね。



つまり体は真南に向いているのに、
顔は真北を向いている、まあ
フクロウならそれもありかもしれませんが、
なんとも不思議で楽しい彫刻です。


そんな彫刻を見るだけでも楽しい
『秩父神社』ですが、やはり
『秩父夜祭』は一度は見てみたいものですね。


実は私はまだ見たことがないのです。
人が多いと聞きますし、真冬の
お祭りですしね。
(実は寒いのが大のニガテ!


そんな感じなので、
いつになるかわかりませんけど、
一度は行ってみたいです。
まあ、冬のお祭りじゃなくても、
また来たいと思った『秩父神社』でした


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posted by ルンちゃん at 17:07| Comment(0) | 新選組 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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