2020年11月05日

秩父の聖神社

再び秩父のお話です。
新選組には関係ありません。


秩父には、霊験あらたかな
強運を授けてくださる神社が
沢山あります。


その中でも
あることで有名なのが、
『聖神社』です。


近くには
「和銅遺跡」というものがあります。
昔こちらで和銅が見つかった
という所です。


その近くにあるのが、
『聖神社』です。


聖神社
聖神社 posted by (C)ルンちゃん


この写真を撮った時は、
まだ時間が早かったので、
人は少なかったです。
でも山から下りてきたら、
凄く人が並んでいました。


周りが凄く静かな所なので、
人が集まるのが不思議な感じです。
お正月でもないのに、こんなに人が
並ぶの? っていう感じなんです。


でもその理由を知ったら、
わかる気がします。
そう、この『聖神社』は
金運を授けてくださる神様なのです。


置かれている絵馬には
「高額宝くじが当たりました!」
なんていうものが沢山あるのですよ。


「是非あやかりたい」という人が
多いのですね。もちろん私も
御朱印やらいろいろいただきましたとも。


さて、ご利益はどうでしたかね〜。
(今のところそれらしいのは…^^;)


和銅遺跡の説明版
和銅遺跡の説明版 posted by (C)ルンちゃん


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posted by ルンちゃん at 15:15| Comment(0) | 新選組 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年10月06日

ゆかりの神社

ご無沙汰で〜〜す!


ずっと更新したかったのですが、
パソコンが使えなかったり、
コロナの影響で、旅できなかったりで、
しばらく疎遠になっていました。


でもまた、少しずつですが
更新していきたいと思います。
でもまた、パソコンが使えなくなったら
お休みになるかもなんですが…


まあ、それでも
めげずにやっていきますので、
どうぞよろしくお願い致します。


さて、昨年のお話なんですが、
かの方にゆかりのある神社を
訪問しましたよ。


かの方とは、
会津藩主だった松平容保様の
お孫様にあたる方、
秩父宮勢津子妃殿下です。
その方に関係のある『秩父神社』を
訪問したのでした


『秩父神社』には、
勢津子様の旦那様である
秩父宮雍仁親王がご祭神の1体として
祀られています。


『秩父神社』はとても有名な
神社ですよね。毎年12月2〜3日に
行われる『秩父夜祭』はこちら秩父神社の
例大祭なんですよ。


古くからある神社で、
由緒書きによれば、崇神天皇の御代、
知知夫彦命が、祖神である
八意思兼命(やごころおもいかねのみこと)を
お祀りしたのが、始まりだそうです。


※崇神天皇(すじんてんのう)は
 第10代天皇で、実在した可能性のある
 最初の天皇だそう。


また、戦国時代末期に兵火で焼失したご社殿を
徳川家康が命じて、再建させたのが
現在のご社殿でもあるようです。


ご祭神は先の秩父宮雍仁親王と
八意思兼命のお二人と、
知知夫彦命と天之御中主神
(あめのみなかぬしのかみ)が
いらっしゃいます。


こちらのご社殿には、
チョッと変わった彫刻が
されています。


南側の正面には、左甚五郎作と伝わる
『子育ての虎』がありますが、
母虎の模様がトラじゃなくて
ヒョウ柄なのです。
わざとそうしたらしいです。


また東側には、同じく
左甚五郎作と伝わる『つなぎの龍』
があります。


こちらの龍は夜な夜な
近くの池に行ってしまうので、
鎖で繋ぎ止められたという伝説が
あるのです。


彫刻の龍が?
って思いますが、
左甚五郎が彫った龍なら、
そんな伝説もありかな、
なんて思いますよね。


また、西側には
『お元気三猿』という
日光東照宮とは違った
三猿の彫刻が施されています。


最後に北側にあるのは
『北辰の梟(ふくろう)』
パッと見はわかりませんが、
よ〜く見ると真後ろを向いているのです。

北辰のふくろう
北辰のふくろう posted by (C)ルンちゃん
北辰の梟 説明版
北辰の梟 説明版 posted by (C)ルンちゃん
他の彫刻の写真は、
ご自身が行った時に見てみてね。



つまり体は真南に向いているのに、
顔は真北を向いている、まあ
フクロウならそれもありかもしれませんが、
なんとも不思議で楽しい彫刻です。


そんな彫刻を見るだけでも楽しい
『秩父神社』ですが、やはり
『秩父夜祭』は一度は見てみたいものですね。


実は私はまだ見たことがないのです。
人が多いと聞きますし、真冬の
お祭りですしね。
(実は寒いのが大のニガテ!


そんな感じなので、
いつになるかわかりませんけど、
一度は行ってみたいです。
まあ、冬のお祭りじゃなくても、
また来たいと思った『秩父神社』でした


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posted by ルンちゃん at 17:07| Comment(0) | 新選組 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月03日

『乞田鍛冶』ってなんだ?

先日の歳三忌の時、友人から
「乞田鍛冶」についての情報を貰いました。
それで日曜日を利用して
多摩センターへ行ってきたのです。


「乞田鍛冶(こったかじ)」というのを
あなたはご存知でしょうか?
幕末の頃、多摩地方にいた
兄弟鍛冶のことですよ。


しかも、新選組の刀も作っていた
ともいわれている鍛冶屋さんです


その乞田鍛冶のことがわかる
特別展が多摩センターで開催中なのです。


特別展『刀鍛冶と文明開化
    ー明治期・多摩の乞田鍛冶の渡米に見る
                   海外技術導入』
場所/パルテノン多摩歴史ミュージアム
4月20日(土)〜7月15日(月祝)まで



私が乞田鍛冶のことを知ったのは、
たぶん5〜6年前くらいです。
日野市の新選組ふるさと歴史館だったか、
それとも佐藤彦五郎資料館だったかで、
その名前を聞いたのが初めてでした。


それで、ずっと
その名前を記憶していたのです。
当時は「こった鍛冶」の字さえ知らず、
でもその「こった鍛冶」という言葉が
記憶の片隅にあり、いつかは「乞田鍛冶」
について知りたいものだと思っていました。


それが先日の友人の話の中に登場し、
しかも特別展が開催中とのことで、
こうして多摩センターまでやって来たわけです。


会場に入って最初に見たのは、
佐藤彦五郎資料館所蔵の槍でした。
これも乞田鍛冶で作ったものだったのですね。
螺鈿が施されていて、なかなか立派なものです。


新選組の刀を作っていたということですが、
実際に新選組の誰が、乞田鍛冶の刀を
持っていたのかは確認できていません。


でも乞田鍛冶展を見ると納得できます。
乞田鍛冶と富澤政恕さん、
佐藤彦五郎さんや小島鹿之助さんらは、
それぞれが深い関わりがあったのですから。


ですから展示物の中には、
小島資料館蔵のものもありました。
そして、富澤政恕さん関連の物も。


彼らが農兵隊を作るにあたっては、
乞田鍛冶がすごく関わっていたのです。
佐藤彦五郎さんらは農兵隊の為に、
乞田鍛冶に頼んで、刀などを
仕入れていたようです。


そんな多摩の名主たちを通して、
新選組の近藤勇や土方歳三らも、
刀を注文していたのでしょう。


近藤らにとってみれば、刀は装飾品ではなく、
自分達の命を守るものですから。
そういう意味で、実用品である
乞田鍛冶の刀は重宝するものだったのでしょう。


そんな刀鍛冶の乞田鍛冶らは明治になって、
変貌を遂げていきます。まあそれは生きるために
そうせざるを得ないものだったでしょう。


そして自転車店なども開業していたらしいです。
多摩地方の鍛冶屋さんによっては、
昭和の時代も人々の生活の中で、
いろいろな道具を作っていたようです。


そんな彼らの様子がわかる今回の
『刀鍛冶と文明開化』展
なかなか良いものを見させていただきました。


⇒ パルテノン多摩 歴史ミュージアム


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