2013年09月13日

会津にも川床があるんです (^ー^)

会津旅行、おまけのお話…


一応、史跡めぐりの話は終わったのですが、
もうひとつお話がしたくて、記事アップしました。
お付き合いいただけると嬉しいですわーい(嬉しい顔)


旅行といえばもちろん、
史跡めぐりがメインなんですけど、
それと共に、やはり
食べることも楽しみなんですよね。
今回の会津旅行でも、ぜったい食べたい
と思っていた物があるんです。


それは 「こづゆ」でするんるん


「こづゆ」は会津の郷土料理のひとつで、
会津地方では、お祝いの膳にのせられます。
大河ドラマ「八重の桜」の中でも
こづゆを食べるシーンが何度か出てきましたよね。


私も以前、会津で食べたことがあって、
そのせいか、とても懐かしい食べ物でもあるんですよね。
Kちゃんも気持は同じで、今回の旅でも
「ぜったいに食べたいな」と思い、ふたり相談して
3日間のうち1回は、郷土料理を食べようと決めていました。



それで立ち寄ったのが、こちらなんですよ。

渋川問屋
渋川問屋 posted by (C)ルンちゃん


「渋川問屋」さんわーい(嬉しい顔)
名前を見ると「何屋さんだろう?」なんて思いますよね。
もともとは海産物問屋だったそうですけど、今は
郷土料理を食べさせてくれるお店ですよ。


建築物は明治時代や大正時代のもので、
建物の中には蔵を改造した部屋などもあります。


ちなみに渋川問屋さんには別館もあって、
そちらは宿泊施設だそうです。
和洋折衷の不思議な空間。
大人の隠れ家のような洒落た風合いで、
いつもとは違った感覚を味わえそうな場所ですよ。


載せた写真は昼間の渋川問屋さんですが、
お食事に再度訪れたのは、夜7時頃でした。


電話で予約してから訪問しましたが、
入口ではお店の方が、にっこり出迎えて下さいましたよ。
中には数組のお客様がいらっしゃいましたが、
私達がお料理を待っている頃にはお帰りになり、
つかの間、貸切状態〜。(すぐに次のお客様がみえましたが)

渋川問屋
渋川問屋 posted by (C)ルンちゃん
こういう風景が大好き^^
自分の家のようにくつろげます



食前酒などいただき、その日の旅の話をしているうちに
やってきましたよ〜、こ・づ・ゆ!

こづゆ!!
こづゆ!! posted by (C)ルンちゃん
右側の汁ものが、こづゆです^^



「まめふ」がのっているのが特徴ですね。
さっそく一口いただいてみます。


美味しい〜るんるん とっても優しいお味です。
お吸い物という感じですが、
貝柱でダシを取っているので、
しっかりとした味なんですよね。
それに具沢山なのが嬉しいですね。


他にも長いお皿の右側には、
「ニシンの山椒漬け」もありました。
こちらも会津の郷土料理なんですよ。
この後メインディッシュ(牛肉)とデザートをいただき、
満足いたしましたわーい(嬉しい顔)


そしてもうひとつ!


今回の会津旅行で特筆すべきは、
会津で川床体験ができたことなんですわーい(嬉しい顔)

会津の川床
会津の川床 posted by (C)ルンちゃん


東山温泉にあるホテル「原瀧」には、
野外キッチン「川どこ」があるのです。
泊まる場所を探しているときに見つけて、
Kちゃんと即決で2日目の宿にしました。


川のせせらぎが席の両方から聞こえてきて、
とても和む空間です。しかも真夏だというのに、
ここだけ暑さはあまり感じられず、
その分のんびりできるんですよね。


原瀧のお料理
原瀧のお料理 posted by (C)ルンちゃん
こちらは前菜^^



お料理もいくつかのコースがあって、
注文すれば、あとは次々とお料理が運ばれます。
それがホント品数豊富で、
もう最後の方はお腹がいっぱい!!


朴葉焼きまで(^0^)
朴葉焼きまで(^0^) posted by (C)ルンちゃん
何度目かに運ばれてきたのは、
こちらの朴葉味噌の乗ったお肉。
この後も鮎の塩焼きやら、ちまきやら登場しました^^



食前酒&食中酒も手伝って、ふたりニコニコしながら
次々やってくるお料理を頬ばりました。
その後も幸せな時を過ごしたのはいうまでもありません。


翌日の「原瀧」での朝食はバイキングでしたけど、
なんと「こづゆ」も出たのです[emoji:e-454]
会津旅行最後の日に、再びこづゆを味わえたのは
嬉しかったですね。


こうして、食の面でも
楽しい思い出が沢山できた会津旅行ですが、
まだまだ行きたかった場所があります。


今回の記事を編集していて、「会津へ行きたい」
という気持が残っていることを再認識しました。
ですから、できるだけ早く訪問できるようにと
またいろいろ調べてみようと思っています。

(会津旅行のお話は、これで完全に終わりですわーい(嬉しい顔)

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posted by ルンちゃん at 00:51| Comment(0) | ☆会津(2013) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月11日

会津戦争の傷跡

会津旅行 3日目(その3)


次に向かったのは御薬園です。
これが、この旅最後の見学地ですよ。


御薬園には、個人的にチョッと思い入れがあります。
じつは御薬園は、私が生まれて初めて会津を訪れた時に、
立ち寄ろうとした場所でした。


でも訪問したのが真冬の大雪の時で、
もちろん雪のために園は開いておらず、
入ることができなかったのです。


その後も会津に訪れる機会はありながらも、
訪問を逃してしまい
今まで来ることができずにいました。


ですから思い入れもひとしおで、
今回はできることなら訪問したいと思っていたのです。
それが念願叶い、訪れることができたんですよね。


そんな御薬園は、室町時代にこの地に霊泉が湧き出し、
そこに別荘を建てたのが始まりといわれています。
ただし、しばらくは戦乱のために
そのままにされていたようです。


会津藩の藩祖・保科正之の時代になって、
霊地を見直し、庭園を整備、
そして保養所として用いるようになりました。


「御薬園」の名の由来は、
会津藩主・2代保科正経が貧民を疫病から救い、
病気の予防や治療などを施したいと考え、
この地に薬草を栽培したのが始まりといわれています。


3代松平正容(まさかた)の時、朝鮮人参の栽培に成功し、
作付けを広く奨励したことから、
「御薬園」と呼ばれるようになったそうです。


約400種類の薬草が植えられているそうですが、
もちろん、こちらもありましたよ。

御薬園といえば…
御薬園といえば… posted by (C)ルンちゃん

これが朝鮮人参です。オタネニンジンともいいますね。
今回初めて実の部分を見ましたけど、葉も実も
「ニンジン」とはだいぶ違いますよね。


それもそのはず、野菜のニンジンはせり科の植物ですけど、
朝鮮人参は、ウコギ科の多年草だそうですよ。
ですから全く別の種類です。


といっても、薬として使用する根を見ても、
たぶん私には判別できないでしょうけどね〜。


この御薬園は、会津戦争の際には、
西軍の病傷者の治療所になっていたそうです。
そのせいか、こんなものまでありました。

御薬園の刀傷
御薬園の刀傷 posted by (C)ルンちゃん


御茶屋御殿にある刀傷です。
「戦争時の刀傷」とだけあり誰がやったとは
ありませんけど、きっと西軍がつけたものですよね。


「刀傷」といえば、京都の角屋にある
「新選組がつけた刀傷」が有名ですよね。
あんなことするのは新選組くらいにしか思われていませんが、
西軍だってやっていたというわけですよ。

御茶屋御殿
御茶屋御殿 posted by (C)ルンちゃん


刀傷は、こちら御茶屋御殿の中にありますよ。
この御殿内では、冷たいお抹茶と
手作り胡麻羊羹がいただけますよ(有料)。
お庭の池を見ながらいただくお茶は美味しかったですね。


お茶をいただいた後には、こちらを見学しました。

御薬園にて
御薬園にて posted by (C)ルンちゃん


こちらは、楽寿亭です。
江戸時代中期の数奇屋風建築で、
細い柱と藁葺き屋根が特徴です。こちらは
大河ドラマ「八重の桜」にも登場しましたよね。
覚えていますか?わーい(嬉しい顔)


たしか、容保様が足元の紅葉を拾い、
照姫様に手渡しするシーンでしたよね。
ここを訪れたとき、そのシーンが思い浮かんできて、
なんとなく、ほのぼのした気分を味わいましたよ。


でもじつはこちらにも、刀傷があるんですよね!

これも刀傷
これも刀傷 posted by (C)ルンちゃん


前写真の場所からですと裏にあたりますが、
こんなにくっきりと残っています。
明治になって、一時期容保様と家族らが、
こちらに住まわれたこともあったそうです。
そのとき、これらの刀傷を見てどう思われたでしょうね?


他に重陽閣と呼ばれる建物も、敷地内にあります。
そちらでも、お茶がいただけるようですが、
今回は外観だけ見学し、次回訪問のお楽しみとしました。


園のおみやげ売り場では、
20種類以上の薬草茶が置かれていて、
そのうち3〜4種類のお茶が試飲出来るようになっています。
この日は冷たいお茶が置かれていて、サッパリした飲み応えは
熱い体にとても心地よかったですわーい(嬉しい顔)


このお店で、朝鮮人参を購入しました。
中身はもちろん会津産。これをお茶や
てんぷら(かき揚)にしていただくそうです。


昔はとても高価なものだったといわれますよね。
朝鮮人参ていうと「病気になって寝たきりの、おっかさん
(又は、おとっつあん)にせめて飲ませてあげたい(涙)」
なんていうドラマのシーンが思い出されるのは、
時代劇の見過ぎでしょうか、やっぱり。


こうして、2013年夏の会津旅行が終了しましたが、
今回は本当に暑かったです。
この旅行を思い出そうとすると、
炎天下でじっとしていた感覚が蘇ってきますからね。


でも「絶対見るぞ!」と思っていたものが見られたので
それなりに満足しています。
まだまだ見たいものは沢山あるので、また
機会を見つけて訪問したいと思います。

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2013年09月08日

クマと遭遇・・・か?


会津旅行 3日目(その2)


前回の続きです。


「お秀茶屋」を出た私たちは、
うまいタイミングでやってきたバスに乗り、
次の目的地へ向かいました。


バス停だと1個だけの移動なんですけど、炎天下なので
この乗り物移動は、とてもありがたかったです。


そして到着したのがこちら。

松平家墓所
松平家墓所 posted by (C)ルンちゃん


松平家御廟(ごびょう)です。
会津藩主の御廟で、こちらに2代・正経様から、
9代・容保様、照姫様のお墓があります。


道しるべ
道しるべ posted by (C)ルンちゃん

御廟の看板
御廟の看板 posted by (C)ルンちゃん
容保様の墓所は看板で見ると左上あたりです。
現在地から直線コースなら近いけど、
ちょうど迂回する感じなので、一番遠い^^;



入口近くの看板を見て、墓所への坂道を見上げてみると、
行く先はなんとなく、うっそうと茂った
森のように感じられました。


「なんだか クマでも出そうな場所だよね」


なんて、Kちゃんと冗談めかして話していたところ、
あっ看板!

クマ出没注意!
クマ出没注意! posted by (C)ルンちゃん
いたるところにこの看板があります。
ちなみにこの写真は、もっと上にある
容保様の墓所近くのです



やっぱり出るんだ〜、クマが!!


じつはルンちゃん、波長が合うのか、
彼ら(野生動物)とよく遭遇するんですよね。
過去には、野ウサギ・リス・
ライチョウ・エゾシカなどがありました。
(ここまではカワイイけど^^;)


甲州街道(甲府)で、突如 
畑に現れた野生のサルの群れは怖かった〜。
群れまで3メートル位しか離れていなくて、ボスがそれとなく
こちらを見ていましたっけ。
最近では家の近所で、ハクビシンと出会っていますよ^^;


函館旅行に行ったとき、
二股の戦場(山の上)にも足を運びたかったけど、
クマに会いそうな気がしたので、行かなかったくらいです。
ですからこの看板を見たときも「まずいな〜」と思いましたよ。
ぜったい、クマには会いたくない…^^;


しかもクマが出るなんて思ってもいないので、
音の出るもの、鈴もラジオも準備していないし。
「鈴だけでも持ってくればよかった」
なんて後悔したほどです。


でもそのとき「じゃあ、引き返そう」
という話にはならず。こんな炎天下だから
クマも歩いていない(かな?)なんて思いつつ、
カバンから飲みかけのペットボトルを取り出し叩きます。


こうして、なんでもいいから
音を立て周囲を気にしながら、
緊張しながらもふたり登って行きましたよ。


しばらく歩くと、とても幻想的な広場に到着。
ここには歴代藩主の碑が立てられています。

歴代藩主の墓
歴代藩主の墓 posted by (C)ルンちゃん
亀趺(きふ)のある石碑
亀趺の顔は、すべて藩主のお墓の方を向いています



それぞれ、大きな亀の背に石碑が乗せられています。
この形を以前にもどこかで見たことがありました。
「この亀、何だっけ?」と思いましたが、
その時は思い出せず。


でも、その後もずーっと気になったので、
後日ですが、帰宅してから調べてみましたよ。


この亀の像は、亀趺(キフ)と呼ばれるものだそうです。
「亀の台」というような意味みたいですが…
もとは中国の貴族階級の風習だったものが、江戸時代以降
日本にも伝わってきて、各地に建てられたようです。


この亀趺にある亀は、じつはカメではなく、
中国の伝説にある「贔屓(ひいき)」という霊獣だそうです。


龍が生んだ9頭の子のうち龍になれなかった1個体で、
「重きを負うことを好む(霊獣)」といわれるゆえに、
石碑などを背に乗せた像が作られるようになりました。


ちなみに、この「贔屓」は、あの
「○○さんは、いつも課長に贔屓されてる」
などと使われる「贔屓」で、
この霊獣の名前が語源だそうですよ。


本来は「一生懸命努力して力を出す様子」を
意味したようですが、いつのまにか
「特別に便宜を図ったり、力添えをしたりすること」という意味に
変わってしまったのですって。


どこをどうすれば、
こんな風に変わってしまうのかは、
よくわかりませんけどね^^;


そんなわけで、チョッと脱線してしまいましたが、
亀趺についてのモヤモヤが
すっきりしたところで、話の続きです。


亀趺は、その人の高徳や功績を刻む碑が
上に乗せられることが多く、時には
墓石自体が乗せられていることもあります。
私が初めて見たのは島根県の松江でしたが、
そのときは墓石が乗っていました。
(だからめずらしくて覚えていた^^)


こちら会津では、各藩主の碑が乗せられていますよ。
墓石はこの右手にある高台の方に、
それぞれ置かれています。


今回はそちらへは行かずに (クマが出るかもなので^^;)
目的だった容保様のお墓の方へ直行します。

松平容保の墓
松平容保の墓 posted by (C)ルンちゃん


こちらが容保様の墓所です。
容保様は亡くなった当時(明治26年=1893年12月5日)は、
新宿の正受院に仮埋葬されましたが、大正6年の
戊辰殉難50年祭の時に、こちらへ改葬されたそうです。
この時、義姉・照姫様も一緒に改葬されました。


照姫様のお墓は、
容保様のお隣にある「松平家の墓」の方になります。

容保様の亀趺
容保様の亀趺 posted by (C)ルンちゃん
こちらが容保様の亀趺です



お参りをしていたら、クマならぬ
観光客らしき人達と次々遭遇しました。
ここまで来るのは私達くらいかと思っていましたが、
やはり大河ドラマの影響でしょうか。


けっこう見学に来るみたいで、
これならクマも出てこられないだろうと
チョッと安心して下山しました。

次回に続く…

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