2013年08月28日

会津浪漫列車

会津旅行 2日目(その1)


会津旅行の2日目は、大内宿に行きました。
この日は便利な周遊券を利用しましたよるんるん


ぐるっとカード
ぐるっとカード posted by (C)ルンちゃん


「会津ぐるっとカード」といって、
会津エリアでこのカードを提示すると、
電車・バスが自由に利用できるのです。
しかも2日間!! (料金は2,600円)


また、提携しているお店やホテルで、
割引や特別サービスまで受けられます。
私達もコーヒーの無料サービスや、
商品の割引をしてもらいましたよわーい(嬉しい顔)


期間限定(来年3月までらしい)のカードですけど、
今会津に行くなら、これがすごくお徳なんです。


八重たん
八重たん posted by (C)ルンちゃん
マスコットキャラクター「八重たん」
会津のいたるとこで見かけます^^



さて2日目は駅近くのホテルを出発して、
9:10会津若松発の「会津田島」行きに乗ります。
実はこの電車が一風かわった電車なんですよ。
注…この列車利用の場合は、別に整理券(300円)が必要です



会津若松を出発!
会津若松を出発! posted by (C)ルンちゃん


9:10発の列車の名前は、お座トロ展望列車「花」号!!
どこが変わっているかといえば、まず先頭は
視界が開けた「展望列車」なんですね〜。

展望車
展望車 posted by (C)ルンちゃん


そして2両目はトロッコ列車です。
この車両は子供達に、とても人気なんですよ。

トロッコ列車
トロッコ列車 posted by (C)ルンちゃん


そして3両目はお座敷列車♪
私達はこちらを利用しました〜。

お座敷列車
お座敷列車 posted by (C)ルンちゃん


掘りごたつ式なので、足も
とてもラクです。実際に冬の期間は、
ふとんをかぶせて堀りごたつになるのだそうですよ。
冬に訪れても、面白そうですよね。


この3両編成の列車で、大内宿の最寄り駅
「湯野上温泉」駅まで行きます。
観光列車なので、見晴らしの良い場所では、
停止や徐行もしてくれます。目的地までの時間は
1時間ほどだったのですが、
もっと長く乗っていたい気分でしたよ。


「湯野上温泉」駅の手前「芦ノ牧温泉」駅では、
15分の停車がありました。

芦ノ牧温泉駅
芦ノ牧温泉駅 posted by (C)ルンちゃん


停車するとお客さん達がいっせいに、
何か目指して突き進んでいました。
せっかくなので私達も降りてみましたよ。
でも理由がわからなかったので、
のんびり歩いていたところ、
駅を出たらお客さんたちが、
木の下でなぜかしゃがみ込んでいる!?


何をしているのかな〜?
って見てみたら、写真を撮っていました。
私も別な場所で写真を構えていたら、
ちょうど私の前をよぎってくものがありました。
すかさずシャッターをパチリ!目


駅長 ばすチャン^^
駅長 ばすチャン^^ posted by (C)ルンちゃん
苦みばしった顔ですが、女の子です^^;



実はこのネコ、「芦ノ牧温泉」駅で超有名な
名誉駅長「ばす」ちゃんなんですね〜。
ばすちゃんは2年ほど前から、この駅で駅長さんをやっていて、
列車内には彼女の写真も貼られています。

名誉駅長のポスター
名誉駅長のポスター posted by (C)ルンちゃん

駅内には彼女専用の家があったり、
アイドル並に、多数のグッズが販売されていたりと、
なかなかのスターぶりですよ。ですからお客さん達は
さっさと下車して、彼女に会いに向かっていたのですね〜。


ちなみに「ばす」ちゃんの名前は、アニメ
「となりのトトロ」の「ネコばす」の名称から
取ったのだとか。渋い顔をしていますが、
チンチラとトラ猫のミックスで
これでもれっきとした女の子だそうです^^


ばすちゃん、これからも
駅長さんのお仕事 がんばって下さいね。
応援してます!!


芦ノ牧温泉を出発してから20分位で
目的地「湯野上温泉」駅に到着しました!

湯野上温泉駅
湯野上温泉駅 posted by (C)ルンちゃん


この駅は日本でもめずらしい、藁葺き屋根の駅舎です。
とても風情がありますね。駅近く(ほんの30秒)には
大きめの足湯もあって、電車待ちも楽しい場所です。
もちろん私達も帰りに利用してみましたよ〜。


藁葺きの駅
藁葺きの駅 posted by (C)ルンちゃん



ここからはタクシーでも行けるのですが、

バスも出ているので、今回はバスで大内宿に向かいます。

次回はいよいよ 大内宿…


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posted by ルンちゃん at 00:52| Comment(0) | ☆会津(2013) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月25日

高木時尾さんち(跡地)訪問

会津旅行 1日目(その3)
はい、前回の続きです。


大河ドラマ「八重の桜」放送を記念して、現在
会津若松では「大河ドラマ館」を開催中です(来年1月まで)


「新選組!」放送の時も、
東京都日野市や調布市で開催していましたが、
ドラマで使用した着物や小道具が
展示されていますよ。


大河ドラマ館
大河ドラマ館 posted by (C)ルンちゃん



撮影禁止の場所も多くあったのですが、
「カメラOK」の所もあったので、撮ってみました。
例えばこちらるんるん

綾瀬はるかさんのスペンサー銃
綾瀬はるかさんのスペンサー銃 posted by (C)ルンちゃん

添え書き
添え書き posted by (C)ルンちゃん


鶴ヶ城ろう城のシーンで、
綾瀬はるかさん演じる八重が撃っていた、
スペンサー銃ですよ。
銃を見たとき、あの場面が浮かんできましたね。
「ならぬものは ならぬものです」(なんて)


八重と中野竹子の衣装
八重と中野竹子の衣装 posted by (C)ルンちゃん


こちらもドラマをご覧になっていたら、
すぐわかりますね。そうです。
手前は八重が身につけていた
亡き三郎(弟)の着ていた服(着物)です。
そして奥は、黒木メイサさん演じる中野竹子の衣装ですよ。


大河ドラマ館では他に、
八重の実家にある角場を再現した場所での銃体験や、
お城のろう城体験(っていうのか? 画像です)
などができます。


沢山の資料というわけでもありませんが
この1年間だけの施設ですので、会津に来たら
話のタネに見学しておくといいと思いますよわーい(嬉しい顔)


さて「大河ドラマ館」も見たことですし、
折角ですので山本覚馬さん、八重さんゆかりの場所へも
足を運んでみましょう。


最初に行った場所は「日新館跡」です。

藩校・日新館跡碑
藩校・日新館跡碑 posted by (C)ルンちゃん


鶴ヶ城から、それほど離れていない場所に
「日新館」はありました。
「日新館」は会津藩の藩校のことです。
当時「日新館」は他藩の藩校と比べてみても、
とてもレベルの高い学校でした。


藩校には、八重の兄・山本覚馬も通っていましたよ。
成績優秀だったので、江戸への遊学も許可されていますね。
帰国後は、日新館の教授にもなっています。
きっと覚馬にとっては、思い入れの深い場所
だったことでしょう。


敷地だったという場所をグルリと歩いてみると、
かなり広い面積だったことがわかります。
でもその藩校は会津戦争で新政府軍が城下に
責めてきたとき、敵の手に落ちるくらいならと、
藩士たち自ら火矢を放ち
日新館を焼いてしまったのです。


現在、小高く築いた天文台の跡だけが
当時の面影を知る場所となっていますが、
ここに着くまでも結構な距離がありましたね。


日新館天文台跡
日新館天文台跡 posted by (C)ルンちゃん


このアングルの写真は、よく本に載っていますよね。
私もここに到着して見上げた時、「あっ、見たことある」
なんて思いました。


でも、反対側はあまり見ませんよね。
さて、どうなっているでしょうか?

天文台跡
天文台跡 posted by (C)ルンちゃん


こんな風景でした。
階段を上ってみると、かなり急なんですよね。
上りはいいけど、下りはチョッと怖かったです。
でも、いい体験。


天文台跡から、八重・覚馬の実家へ向かいます。
歩いてみるとわかるのですが、
日新館から八重宅までは意外と近いのです。
覚馬さんはこの距離を日新館まで通っていたんですね。


山本覚馬と八重の誕生地碑
山本覚馬と八重の誕生地碑 posted by (C)ルンちゃん


普段は閑静な住宅街なのでしょうけど、
大河ドラマの影響で、こちらへ訪れる人も多いようです。
(「近隣に迷惑かけないで下さい」の注意の看板がありました)
実際の八重達の自宅があったのは、碑よりも数十メートル
隣のようです。


最近よく山本八重と高木時尾さん(斎藤一さんの奥様)が、
幼なじみだったという話を聞きます。
お互いの家が近かったんですって。
今回こちらへ訪問して、
どのくらい近いかわかりましたよ。
この看板みて下さい。

高木時尾と八重の家
高木時尾と八重の家 posted by (C)ルンちゃん
緑の枠は、ルンちゃんが付けました



ほらね、こんな感じだったんですね。
ちなみに時尾さんちのお隣りさんは、日向ゆきさんち。
ちょうど碑のある裏手の方が、時尾さんとゆきさん宅が
あった場所なので、行ってみました。


もちろん昔を偲ぶものは、何も残っていません。
でも「この辺りかな?」ってKちゃんと言いながら、
幕末に想いを寄せてみましたよ。


ひと通り見終えたので、ここから鶴ヶ城入口まで
ゆっくり戻ります。この時点で
本日2万歩以上歩いています。ですからもう
早く歩けなかったというのが事実ですが…^^;


鶴ヶ城の北側・正面の通りには、西郷頼母邸がありました。
今は「西郷頼母邸跡の碑」が建てられています。
ここで頼母家のご家族が自刃されたのですね。
お城に入ろうと思えばすぐに入れる距離なのに、
足手まといになるまじと覚悟をされたのでした。


西郷頼母邸跡の碑
西郷頼母邸跡の碑 posted by (C)ルンちゃん


そしてそのまま北へ進むと、

会津戊辰戦争終結の地の看板
会津戊辰戦争終結の地の看板 posted by (C)ルンちゃん


1ヶ月のろう城の末、とうとう会津藩は降伏しましたが、
その降伏の式を行った場所がこちらです。
緋毛氈に乗る容保様父子のこの図は、いつ見ても
胸を打ちますね。殿の心痛お察しいたします。


会津戦争締結の地
会津戦争締結の地 posted by (C)ルンちゃん


降伏した場所からお城方面を見上げると、
しっかりお城が見えますね。
切り刻んだ緋毛氈を握り締めて、会津藩士たちは、
ボロボロになったお城を見たのでしょうか?


降伏の調印の地から城を望む
降伏の調印の地から城を望む posted by (C)ルンちゃん


この日の史跡巡りは、
こうしてお城を見て終わりました。
かなりハードな旅(暑さも含め)ですが、
翌日はどうなるのでしょうか?


次回に続く…

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2013年08月24日

鶴ヶ城の赤屋根拝見

会津旅行 1日目(その2)

はい、前回の続きですわーい(嬉しい顔)
七日町からバスに乗り、鶴ヶ城へ。


鶴ヶ城は、今回絶対に行きたい場所のひとつでした。
それは鶴ヶ城の屋根が幕末時代と同じ
「赤屋根」になったのを見たかったからなんです。


2011年の3月。会津鶴ヶ城はそれまでの黒屋根を
すべて葺き替えて、赤屋根にしたんですね。
当時「赤屋根になる」というニュースを聞いて、
「見に行きたい!」と思ったものでした。


ところが、完成という時にあの大震災が起こってしまい、
計画停電やら諸々の理由で、私もKちゃんも
家庭や仕事に余裕が持てず、
会津旅行の機を逃してしまったのです。


そんなわけで、今度の旅が私とKちゃんの
初めての赤屋根見学となったのでした。ですから
鶴ヶ城訪問をとても楽しみにしていたのですわーい(嬉しい顔)


バスを降り、鶴ヶ城入口からお城を望みます。
 
鶴ヶ城入口
鶴ヶ城入口 posted by (C)ルンちゃん


そして鶴ヶ城と ご対面〜!


鶴ヶ城
鶴ヶ城 posted by (C)ルンちゃん


幕末当時のお城は、ボロボロになって
最終的には取り壊されてしまいましたが、
その後復元されました。
そして新たに赤屋根に葺き替えられたお城は、
やはり美しい!!


ずーっと見ていたかったのですが、
もっと近くで赤屋根を見たいとも思い、
すぐに城内に入りましたよ。階段を上って、
屋根が見える場所まで行きます。
ここからですと、赤色が一層はっきりと見えますねるんるん

赤屋根
赤屋根 posted by (C)ルンちゃん

下に見えるのは「鉄門」



展望台からの眺めもいいですね。
天寧寺(近藤勇墓所)や飯盛山(白虎隊)を望みます。
ちなみにこちらは、飯盛山。

鶴ヶ城から飯盛山方面を望む
鶴ヶ城から飯盛山方面を望む posted by (C)ルンちゃん


中央のポールの向こう側の、
手前の山が飯盛山ですよ。


四方の山々の景色を満喫した後は、
お城の外側にある史跡を廻ります。
「鉄門」や「茶室 麟閣(りんかく)」
「荒城の月の碑」「御三階跡地」など。


「鉄門」はその名の通り、門や柱が鉄でできた所で
会津戦争時には容保様がいらっしゃった場所だそうです。
(鉄で頑丈だから比較的安全だ との理由で)


「茶室 麟閣(りんかく)」は、
千利休が秀吉の命で切腹させられる時、
弟子であった当時の会津藩主・蒲生氏郷が、利休の子・少庵を
会津に匿った際に、少庵が城内に建てたという茶室です。


戊辰戦争後、鶴ヶ城を取り壊さなければならなくなった時、
一緒に壊される運命にありましたが、薬種問屋・森川善兵衛が
それを残念に思い、自宅の庭に移築したのです。


そうして保存されていた茶室は、平成2年に
元の場所・鶴ヶ城内に移築復元され、今に至ります。
こちらではお抹茶とお菓子をいただきながら、
休憩ができますよ。


私達もお茶を戴きましたが、
氷が入ったお抹茶は、冷たくて美味しかったですわーい(嬉しい顔)


「荒城の月の碑」は以前ご紹介した碑です。


そして「御三階跡地」
ここに阿弥陀寺で見た、御三階があったんですね。

御三階跡地
御三階跡地 posted by (C)ルンちゃん
御三階があった元の場所



こちらが建っていた建物です。
御三階
御三階 posted by (C)ルンちゃん
現在 阿弥陀寺にある御三階



今、ちょうど調査をしていて、
ここに御三階が復元されるみたいです。
私達はこの光景を知っていますよ。


以前函館に行ったときも、
五稜郭内で奉行所跡地を調査しているのを見かけました。
それからまもなくでしたね。箱館奉行所が復元されたのは…


あの時と同じ。
また復元された時に、見に来たいですねわーい(嬉しい顔)


お城の周辺の高い石垣を見ながら、
二の丸方面へ向かいます。

廊下橋
廊下橋 posted by (C)ルンちゃん


廊下橋は昔、屋根付きの廊下造りだったらしいです。
だから「廊下橋」
遠くから見ると、朱塗りでとても綺麗な橋です。


二の丸の穀物蔵は今はありませんが、
山本八重が開城の前夜、笄(こうがい)で
壁に和歌を彫った場所です。
今は案内看板が立っているのみです。


ちなみにその歌は
「明日の夜は 何国の誰かながむらん なれし御城に残す月かげ」


八重の歌の余韻を感じながら道を進むと、
たどり着いたのは、「大河ドラマ館」の建物の前でした。

     次回に続く…

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