2013年08月22日

会津旅行 1日目(その1)

お待たせしました。先日旅した
会津のお話をさせていただきますわーい(嬉しい顔)


会津は、私が十代の頃から訪問している場所で、
私にとってはいろいろな思い出のある
懐かしさもひとしおの土地なんです。


前回訪れたのは
大河ドラマ「新選組!」放送の頃ですが、
再び訪れることができて、とっても嬉しいです。


今回は2人旅手(チョキ)
函館や京都も旅したKちゃんが一緒でするんるん


今回の旅では、
まだ見学していない場所をメインに
訪問しています。ですから、
以前立ち寄ったことのある近藤先生のお墓(天寧寺)や、
白虎隊の飯盛山へは時間の都合もあって訪問していません。
(残念でしたが…)


それでもいろいろなものを見てきましたので、
順にお話していきますね。
たぶん数回に分けてのアップになります。
写真も出来る限り載せますので、
どうぞご覧になってみて下さい。


今回会津に行って最初にすごいと思ったのは、
人の多さですね。会津若松駅に着いて、
まず人の多さにびっくりしましたよ。


だいぶ前に来たときは、
こんな感じではありませんでしたからね。
観光シーズンということもあったのでしょうけど、
やはり大河ドラマ「八重の桜」の影響なんでしょうね。
八重役の綾瀬はるかさんのポスターが
いたるところに貼られていましたよ。


駅近くのホテルに荷物を置いて、
最初に向かったのは七日町です。
ここは見るものがいろいろありますね。


1日周遊券を利用してバスに乗り、
「七日町白木屋前」で下車。
最初に立ち寄ったのは、清水屋旅館跡です。
(以前にも立ち寄った場所ですが)


清水屋旅館跡
清水屋旅館跡 posted by (C)ルンちゃん


清水屋旅館跡は、その名の通り
「清水屋」という宿があった所で、
会津を訪れた土方歳三が泊まったという宿でした。
ここで「枕投げつけ事件」もあったようです^^


それ以前には、吉田松陰や宮部鼎蔵も
泊まったことがあるそうです。でも最近では、
「新島襄と八重が泊まった宿」としての紹介が
多いですよね。


明治15(1882)年7月に会津を訪れた際に
彼らが宿泊したのも、清水屋旅館だったそうですよ。 


今は看板だけなのですが、
実物があったらさぞかし感動しただろうな
なんて思います。


ここから歩いて5〜7分のところに
「山田民芸工房」があるので立ち寄りました。
以前にも紹介した「新選組の起き上がり小法師」を
製作販売しているのがこちらですよ。

山田民芸工房
山田民芸工房 posted by (C)ルンちゃん


新選組隊士の他にも、
白虎隊や野口英世の小法師もあります。
「せっかく来たのだから」と
新選組小法師をいくつか購入しましたが、今では
会津若松市内のいたるところで販売されているのを
後で知ることになるのでした。(以前はなかったのにね)


再び七日町通りに出て
七日町駅方向に歩いていくと右手に
新選組の旗がみえてきます。
こちらが「会津新選組記念館」です。
お蔵を利用して作られていますよ。

会津新選組記念館
会津新選組記念館 posted by (C)ルンちゃん


1階では古物販売(むかしや)を商っていて、
古銭や古道具などを買うことができます。
他には新選組グッズなどもありましたね。
2階には新選組や新島八重・会津関連の資料などが
展示されています。(有料:300円)


今回の大河ドラマでは、
銃器などの資料提供などもしているらしいです。
館内には「新選組隊士が使用していたらしい、はちまき」
みたいなものがありましたよ。実際のところは
どうなのでしょう?


記念館を出て向かうのはもちろん、阿弥陀寺。
こちらには斎藤一のお墓がありますよ。
「藤田家」の名でお墓は建てられていますが、
看板があるのですぐわかります。私達も墓前に立ち、
斎藤さんと時尾さんにご挨拶いたしました。


阿弥陀寺の境内には、
戊辰戦争で亡くなった方々を埋葬した区画があります。
今は他の場所より高くなっていて、
立派な門も建てられています。でも当時は
意図的に高台にしたわけではないそうで、
実は衝撃的な理由があったのです。


戦争で亡くなった方々を最初に葬った際には、
土を掘ってそこにご遺体を安置していました。
でもその後もご遺体は次々と運ばれ、
掘った穴は遺体で埋め尽くされ、
それでもまだ運ばれ続けたため、
最終的にはご遺体の上に
土をかぶせるしかなかったのだそうです。
それで高台の墳墓になったそうなんです。
そのご遺体の数は1300体にもおよんだとのことです。


墓前に立つと、なんとなく重い空気が
のしかかるように感じるのは
私の思い過ごしなのでしょうか?
感じたものを真摯に受け止め、合掌いたしました。


「藤田家」墓所近くにあるのが、御三階です。この建物は、
阿弥陀寺の本堂が焼けたとき、その代わりとして
鶴ヶ城にあったものを移築したものです。
ですからとても貴重な建物なんですよ。


御三階
御三階 posted by (C)ルンちゃん


御三階は一見すると三階建てに見えますが、
実は4階建てなのだそう。お城にあった頃は
この建物で重要会議(密議)をしていたらしいです。
どんな密談をしていたのでしょうね?


その後私達は、御三階が元あった場所、
鶴ヶ城へと足を運びます。
           
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posted by ルンちゃん at 00:11| Comment(0) | ☆会津(2013) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする