2013年08月04日

「新選組誕生と清河八郎」展やってます


今年は「新選組誕生150年」の年ですね。
それを記念して、
各地でイベントなども行われているようですが、
新選組のふるさと日野でも、
特別展が開催されていますよ〜


日野市立新選組のふるさと歴史館
新選組誕生150年記念 巡回特別展
「新選組誕生と清河八郎」
平成25年7月13日(土)〜 9月23日(月・祝)



今回の展示は「清河八郎記念館」との共催だそうです。
新選組ができた年は、清河八郎の
暗殺された年でもあります。
つまり今年が新選組誕生150年なら、
清河八郎の没後150年にもあたる年なんですよね。


「節目の年」ということで今回の展示が企画され、
10月5日(土)からは同展示が庄内(山形県)の
清河八郎記念館でも行われる「巡回特別展」となりました。


さて今回の特別展では、
「新選組誕生を清河八郎との関わりから検証する」
という趣旨で、清河八郎記念館所蔵の品が、
多数展示されていましたよ。


清河八郎に関する展示は、以前でも
この新選組のふるさと歴史館で
行われたことがありますが、
その時よりも多く清河さんに関する資料が
並んでいましたね。


特別展資料は通常、歴史館の2階に展示されるのですが、
今回はその階のほとんどが、清河さん関連資料でしたよ。
それでもまだ足りなくて、1階の一部にもありましたね。


展示品の中には、清河八郎が
父・斎藤治兵衛に送った手紙や、
弟・熊三郎の手紙もありました。
清河さんの手紙は多数展示されていて、
彼の筆まめがわかりますね。


清河さんは自叙伝も残していて、
東奔西走している様子もわかります。
彼の行動力には驚くべきものがありますね。


他にも「虎尾の会」はもちろん
「ヒュースケン暗殺」もついても述べられていましたよ。


今回の展示については、
「新選組誕生への流れ」とは言っていますが、
もうほとんどが「清河八郎」です。ですから、
彼に興味のある方には、
うれしい展示となっていることでしょう。


ちょうど常設展示が、新選組誕生にもなるので、
常設展示も見学すると、
流れがつかめていいかもしれません。


ふるさと歴史館にまだ行ったことがない方は、
この機会に訪ねてみてはいかがでしょうか。
(暑いので、訪問の際には熱中症に気をつけて)

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2013年02月24日

「日記から見た幕末の日野」展

日野市立「新選組のふるさと歴史館」で、
企画展をやっている 
というので、行ってみました。


じつは1月12日から
やっていたみたいなんですけど、なかなか行かれず、
やっと時間ができたと思ったら、
最終日の2月24日になっていましたよ^^;
なんとか間に合ってよかったです。


平成24年度企画展
日野から見た幕末の日野  ー佐藤彦五郎と新選組ー



展示会場は2階のこじんまりしたスペースです。
階下は常設展示になっていて、
新選組関連の展示物があります。
企画展のほうはいつも2階で行われます。


以前には「板橋宿」や「清河八郎」展が
開催されたこともありました。


今回の展示はタイトルにもあるように、
日記から日野の様子を知るというものです。
ここで登場するのは、
土方歳三の従兄弟で義兄にもあたる
佐藤彦五郎の日記ですよ。


佐藤彦五郎は日野宿の名主だった人で、
自宅に天然理心流の道場をつくるなど、
理心流にも深く関わりのあった人です。


また京都に行った近藤勇らを、
何かと支えていたうちの、おひとりがこの方でした。
ですからある意味、新選組を語るには
なくてはならない人でもありますよ。


そんな彦五郎さんの書いた日記には、
当時の日常で起こった様々なことが
書かれています。


展示は「はじめに」の導入部分から始まって、
第1章 江戸時代の日野宿
第2章 佐藤彦五郎の交遊録
第3章 佐藤彦五郎と天然理心流
第4章 佐藤彦五郎と新選組

となっていました。


展示物は、前述の彦五郎日記の他に、
日野宿組合宿村高書上帳控、
大昌寺宗門人別帳控など、
日野宿に関わりのある物が並びます。


また個人の所有物だったとみられる、
彦五郎の和歌短冊、書状などもありました。


彦五郎さんは俳諧もたしなんでいて、
宗匠を呼んでの句会なども開いていたようです。
宗匠を呼ぶのって
結構大変だったみたいですよね
(よくは知らないケド^^;)



それってある程度、
地位を持った文化人や教養人じゃないと
できないことですよね。まあ、名主さんだから
当たり前っていえば当たり前なのかも
しれませんけど。


彦五郎さんの交遊関係も
見てみるとすごく広くて、
日野宿の佐藤家が、当時の文化サロンに
なっていたことが伺えます。


今回の展示品は、
ほとんどが日野市所蔵のものでした。
ですから馴染みのあるものばかりでしたよ。


そんな中で、
私が個人的に面白いな〜と思ったのは、
「長木屋源右衛門書状」でした。
(但し写真パネルです^^;)
それは府中の大国魂神社に奉納する
天然理心流の額に使用する
板についてのことが書かれているものです。


『(何かの手違いがあって)額に使う板が
  なかなか用意できなかったのが、
  やっと用意ができたので
  運ぼうと思っていたけど、
  雨続きで道が悪くて運べなかった。
  でもやっと良くなってきたので
  運ぼうと思っていたら、
  今度は農期で皆出払ってて、
  人手不足の為に日時までは未定。
  それでも近日中には運びます』 

みたいなことが書かれている書状です。


これを読むと、
当時の人の生活を垣間見るようですね。
「道がぬかるんで物が運べない」なんてことは、
最近の私の周辺では考えられないことですけど、
少し前の昭和時代には、似たような道は
いくらでもありました。


自分の過去と、江戸時代の人々の生活を
ダブらせながら思いをめぐらせてみると、
当時の人々がより身近に感じられるようです。
奉納額の板を運んでいる人たちの様子が、
なんとなく見えてもくるようです。


また今回の展示では、
彦五郎の妻である「のぶ」の名前が
すべて「トク」表示でした。


一般的に知られている
土方歳三の姉「のぶ」さんは、
幼少の頃は「ラン」その後「トク」、
明治になって「のぶ」という名前に
なったそうなんです。


ですから幕末の頃は「トクさん」


以前にも、私はどこかで「のぶ」以外の名前を
見たか聞いたかしていて、
前からすごく気になっていたのです。


でも今回、ボランティアガイドの方に確認できたので、
やっとスッキリしましたよ。


当時は名前を変えることもあったとか。
そういえば、あの伊東甲子太郎さんなどは、
何度も変えていましたっけね。
それに歳三さんだって「内藤隼人」
っていう名前がありましたしね。


今回登場した「佐藤彦五郎日記」は
解説書が史料として歴史館で
販売されていますよ。
私も持っていますが、
読んでみるとなかなか面白いです。


ただ万延2(1861)年2月から、
元治元(1864)年10月までが
抜けているんですよ。
その時期はちょうど浪士組が出来たり、
池田屋騒動があったりする頃なんですけどね。


新選組の活躍部分が抜けているのが、
すごく気になりますよね。
新政府軍が来たときに燃やしてしまったのかな。
今でもどこかに残っていればいいのですけどね…


というわけで、
大発見は特にはありませんでしたけど、
個人的にはそれなりに収穫があった、
今回の企画展でした。
また次回を楽しみにしていましょう。

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2012年08月09日

「新徴組展」に行ってきました


今、日野市立新選組のふるさと歴史館で
「新徴組展」をやっています。
展の正式名称は、
新徴組  ―江戸から庄内へ、剣客集団の軌跡―

ですよ


新徴組は、新選組と同じ浪士隊から
生まれた集団です。浪士隊が上洛した際に 
清河八郎と袂を分かち、
京へそのまま残ったのが、
近藤勇ら試衛館のメンバー達と
芹沢鴨派やその他数名です。


一方、清河八郎と共に江戸へ戻り、
再度組織されたのが新徴組なんですね。
歴史の中で、比較的
メジャーになった新選組とは違い、
まだまだ研究されていない部分が多いのが 
新徴組でもあります。


私も新徴組については
知らないことが多いですね。
江戸に帰った浪士組のその後は、
とても気になるところです。


だって日野から浪士組に参加した、
沖田総司の義兄・林太郎(ミツの夫)や
馬場兵助らも新徴組に
入っていますからね。


さて、今回の展示は
鶴岡市郷土資料館との共催で、
巡回特別展になるそうです。
展の開催は最初は日野市から。
その後、鶴岡市に移動みたいです。


内容は5つに分かれていて、
最後は常設展示に流れます。
1.浪士組 江戸に誕生
2.新徴組の誕生 武士の登用
3.御府内江戸の治安維持 
  江戸を闊歩する庄内藩軍団
4.庄内入りと戊辰戦争
5.組士の転身
常設展示「新選組・新徴組と日野」へ
 という感じですよ。


まず入館すると、2階に案内されます。
そこで最初に見るのが、
浪士組を誕生させた
清河八郎の関連史料などです。


清河八郎のプロフィールや、
彼が「おたずね者」になった
事件の真相(説明)、そして
清河の書簡などを見ることができます。


清河は暗殺される直前、
既に死を覚悟していたところがあって、
死の前日に書いたという
両親への手紙(展示中)には、
遺書めいた文面が書かれていました。


文面の内容や、
彼の暗殺当日の様子を知ると、
やはり覚悟していたんじゃないかな
と思えてくるのですよね。


他の史料としては、
浪士組の一員であった『根岸友山の遺品』や、
『浪士組入隊につき御届書』などがあります。


個人的には『近世侠客有名鑑』が
面白いな〜と思いましたよ。


幕末の侠客の番付みたいな感じで、
小金井小次郎や会津の小鉄など、
幕末好きなら
一度は聞いたことがある名前が
たくさん出てきて、思わず
「誰が出ているだろう?」
と探してしまいました。


1階に下りれば、
新徴組の誕生の様子がわかりますよ。
新徴組は新選組より早くに
士分に取り立てられて、生活も
新選組より安定していたみたいです。
でも新徴組にも、
いろいろ問題はあったらしい。


幕府から「切り捨て御免」の許しを
得ていたにも関わらず、
実際のところは旗本を斬ったために
切腹させられた隊士がいたり、
偽隊士が横行して
江戸の豪商を強請ったりも
あったらしいです。(新選組と同じ…^^;)


そして展示は、戊辰戦争後の
彼らの様子へと続きます。。。


新徴組に関する資料はかなりあって、
彼らを知るには見応えがあると思いました。
新徴組関連なので、
見たことない資料も多かったですしね。


ただ、その日はやけに人が多くて、
充分見られない部分もありましたよ。
ぜんぜん人がいないのも困りものですけど、
見る側としては、もう少し静かに
見て廻りたかったです。


まあ9月23日(日)まで
展示しているそうなので、
機会があれば、
また行ってみようと思います。


もし新徴組に興味がありましたら、
暑いですけど、足を運んでみて下さいね。

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