2012年01月30日

「絵図・地図で辿る新選組」展に行ってきました


今、日野市にある「新選組のふるさと歴史館」では、
企画展をやっています。


タイトルは
絵図・地図で辿る新選組

平成24年1月24日(火)から2月26日(日)
の期間、開催中です。


金曜日に企画展をやっていることを
偶然にも知った私は、
さっそく日曜日に行ってきましたよ♪

ダンダラ誠
ダンダラ誠 posted by (C)ルンちゃん


新選組のふるさと歴史館のある日野市役所周辺へは、
昨年11月にあった産業まつり以来の訪問です。
あの時はなかったと思いますけど、
ダンダラの花壇が目に飛び込んできましたよ。
すごい目立ちますよね〜^^;


ダンダラの正体は?
ダンダラの正体は? posted by (C)ルンちゃん
外見が目立ちすぎ〜。
中のお花が目立たなくていいのかな〜。



最近は歴史館に来る度に何か増えてる気がします。
今度来た時は、何ができているんでしょうね?


さて「絵図・地図で辿る新選組」は
2階で行われていました。
以前「清河八郎展」や「板橋宿展」を
行っていた会場です。


そんなに広くない室内ですが、
コーナーは5つに分かれていて、

1.幕末の江戸
2.幕末の日野と多摩
3.浪士隊の結成と上洛
4.京都での新選組
5.戊辰戦争


となっていました。


「1.幕末の江戸」は江戸の概観と称して
江戸の切絵図が展示され、幕末関連の重要な地には
名前が大きく示されていました。
他にも「桜田門外の変」の絵などありましたね。



「2.幕末の日野と多摩」は日野宿の様子や、
八王子千人同心のこと。
そして千人同心にも深く関わりのある
天然理心流(主に増田蔵六系など)についての
展示がありました。
この辺りは、常設展示でも見られる部分ですね。


「3.浪士隊の結成と上洛」は清河八郎と浪士組について。
これは「清河八郎展」で、既に拝見済み。


「4.京都での新選組」は、市中見回り分担の概略図、
禁門の変や長州に関する資料。市中見回り分担の図は、
新選組や守護職・所司代・歩兵組などの
担当する見回り箇所が
色分けされていて見やすかったです。
新選組の担当範囲がよくわかりましたよ。


「5.戊辰戦争」は鳥羽伏見の戦いから始まって、
勝沼戦争、上野戦争(彰義隊)、近藤勇の処刑、
宇都宮戦他。
そして、箱館戦争までです。
※おまけで大きな現代の地図が壁にあり


お土産にいかが?
お土産にいかが? posted by (C)ルンちゃん
「幕末江戸・多摩概略図」というものです。
1枚300円だったので、買ってみました。




全体的に切絵図が多用されていたようでしたが、
切絵図は私自身よく眺めているので、その分 
展示に真新しさがあまり感じられなかったのが、
チョッと残念なところです。


でも数枚あった錦絵は、
迫力があって面白かったですよ。
特に箱館戦争の錦絵は、
大きさもさることながら、
展示品までの距離が近くて、
じっくり・はっきりと見ることができました。


あれが見られただけでも、
今回来た甲斐があったというものですね。


他に錦絵の写真も何枚かありましたが、
できれば今度は幕末をメインにした
本物の錦絵を多数展示して
「幕末錦絵展」を開いて欲しいところです。
(よろしくお願いします^^)



1階ではいつものように、
常設展示も行われていましたよ。
何か気になるものがないか、展示品をチェック!


すると、小笠原長行(ながみち)公の
「松静鶴留声」の一行書と
松平容保公の「温故知新」の一行書を
発見しました
(前にもあったかも)



小笠原長行は元老中で、箱館にも渡っています。
義弟の三好胖は、仙台で新選組隊士となって
箱館に渡った人です。(17歳で戦死なさいますが…)


それから、西本願寺の侍従だった
西村兼文の「新撰組始末記」もありましたよ。
(中身全部読んでみたい!)

他にも気になる書簡があって、まずまずの収穫でした。

記念スタンプもあります
記念スタンプもあります posted by (C)ルンちゃん
これも、初お目見え〜。記念にどうぞ〜



「絵図・地図で辿る新選組」は
2月26日(日)までやっています。
この企画展を見るためだけに
遠距離を来るのは大変だと思いますけど、
常設展示もじっくり見たいと思っているのなら、
この期間に訪問するのもいいかもしれませんね。
よろしかったら、どうぞ〜。

今日の記事はいかがでしたか?
「今日読んだよ、面白かったよ、役に立ったよ」の印に
応援クリックを頂けますと私の励みになります。

⇒ 歴史ブログ 幕末・明治維新

クリックをたくさん頂いた記事を、
今後の記事アップの参考にして、
もっと楽しい記事を作っていきたいです^^(ルンちゃん)
 
新選組のチョッと話 トップページに戻る
posted by ルンちゃん at 23:41| Comment(0) | 新選組のふるさと歴史館 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月10日

『日野宿 いろは』展に行ってきました


8月1日から開催している、日野の
新選組ふるさと歴史館の企画展に行ってきました。
今回は第2回目の企画展だそうです。


日野市役所の駐車場に車を置いて、
耳を刺すようなセミの声を聞きながら、
新選組ふるさと歴史館へ向かいます。


新選組ふるさと歴史館
新選組ふるさと歴史館 posted by (C)ルンちゃん


ここへは5月の歳三忌以来の訪問ですよ。
自動ドアが開くと、なんと土方さんがお出迎え。


土方さんがお出迎え^^
土方さんがお出迎え^^ posted by (C)ルンちゃん


思わず
「あっ、土方さん♪」

と声を掛けてしまいました。
同じことするのは、たぶん私だけじゃないはず〜。


今回の展示タイトルは『日野宿 いろは』
つまり「日野宿」のお話なんですね。


「日野宿」は、江戸時代に整備された
「五街道」のひとつ、
「甲州道中(甲州街道)」の宿場町です。


その宿場として活動し始める江戸時代初期から、
役目を終える明治、そして現在までを、
絵図を中心に展示したのが、今回の企画展です。


ちなみにルンちゃんは街道歩きが趣味なので、
甲州街道は、数年前にほぼ全域歩いています。


宿場には、ある特徴があり、
日野宿にもその特徴がしっかりありますよ。
歩いてみるとわかります。
でもそれは昔の絵図を見ても一目瞭然。


例えば、宿場へ入る道路は街道と一直線上ではなく、
宿場の入口と出口が、必ずかぎ状(¬ ←こんな形)
の道になっています。


これは侵入者(主に敵)が、
一気に宿場になだれ込まないための工夫で、
宿場によっては、隠れて敵を待ち伏せする場所を
設けているところもあります。
(日野宿にはなさそうですけど)



日野宿も絵図を見ると
そのかぎ状がよくわかります。
宿場の入口と出口には
東の地蔵と西の地蔵が、
今でも現存していて
見学することができますよ。


今回の『日野宿 いろは』展では、
1684(貞享元)年に描かれた
「日野町有形絵図」を見ることができます。
これは現存する日野宿最古の地図
だそうです。


ちなみにこの絵図には、
井上源三郎さんの生家の近くにある
欣浄寺(ごんじょうじ)
も載っています。
江戸時代以前は、こちらの細い道が
街道だったらしいです。


新選組関係の展示もいくつかありました。


天然理心流、
佐藤彦五郎(歳三の義兄)の目録(切紙だったかも^^;)や、
村田蔵六(理心流2代目近藤三助の高弟)が出した切紙が
展示されています。


そして近藤勇が彦五郎に送った手紙は、
浪士隊入隊直前のものです。
(仲間のひとりを、病気を理由に
 浪士隊参加からはずすといもの)


また彦五郎が江川太郎左衛門(代官)に
送った届書には、日野宿から浪士隊に
参加するメンバーが書かれてあり、

「千人同心 井上松五郎弟
            源三郎」
「百姓 為次郎弟
             歳蔵」


などの名前を確認することもできますよ。


個人的に興味を持ったのは
「日野里長御用留」で、
この日付が慶応4年5月19日となっていて、
彦五郎の名前があったことです。


歴史館のガイドさんに確認したところ、
この彦五郎というのは、
確かに佐藤彦五郎だとのこと。


彦五郎さんといえば、同じ年の3月に
甲陽鎮撫隊の甲州行軍に
「春日隊」として参加しています
よね。


甲陽鎮撫隊が惨敗し、
新政府軍が日野宿に入ってきたとき、
鎮撫隊の残兵探索で
彦五郎も追われていたのです。


でもその後、
近藤や土方が幕府用人に働きかけ、
「一家差し構いなし」の達しを
貰うことができました。


そして離散していた家族が戻ってこられた、
といういきさつがあります。


いつから公務に戻ったのかは、
調べていないのでわかりませんけど、
この5月19日には、
元通り仕事をしていたということですね。


思わず「よかったね」
とつぶやいてしまった書類なのでした。


日野宿と新選組は、
こんな風にとても深い縁があります。
宿場についての「いろは」も、
この企画展を見るとわかりますので、
機会があったら行ってみると面白いですよ

※交通アクセス等は「新選組ふるさと歴史館」HPへ
 当ブログ右サイドの「お役立ちLINK」からどうぞ^^


第2回 企画展開催中!
第2回 企画展開催中! posted by (C)ルンちゃん
今日の記事はいかがでしたか?
「今日読んだよ、面白かったよ、役に立ったよ」の印に
応援クリックを頂けますと私の励みになります。

⇒ 歴史ブログ 幕末・明治維新

クリックをたくさん頂いた記事を、
今後の記事アップの参考にして、
もっと楽しい記事を作っていきたいです^^(ルンちゃん)
 
新選組のチョッと話 トップページに戻る
posted by ルンちゃん at 11:06| Comment(0) | 新選組のふるさと歴史館 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月23日

『殉節両雄之碑』講演レポート


昨日(3月22日)、
「日野市立新選組のふるさと歴史館」で行われている
「第4回特別展」の一環として、講演会がありました。


タイトルは
   『両雄士傳』と『殉節両雄之碑』
講師は、小島政孝氏です。


小島政孝氏は、ご存知の方も多いと思いますけど、
小島資料館の館長さんであり、
新選組を支えてくれた多摩の人、
小島鹿之助さんのご子孫
でもありますよ。


講演会は日野宿本陣のはす前、
日野宿交流館の3階で行われました。


その前に下の階(2F)で天然理心流の演武もある(?)
というので、宮川先生にご挨拶しておこうと思って
行ってみたところ、おみえだったのは宮川先生じゃなくて、
平井先生ご兄弟でした。


平井先生ご兄弟は、天然理心流宗家8代目にあたる
加藤伊助先生の系列の方で、今は
三鷹で天然理心流の指導にあたっています。
(ついでに子供時代のルンちゃんの師範の先生です^^)



あいさつするまもなく、
平井先生のお話がはじまってしまいました。
演武はなかったのですが、あの太い木刀を持たせて頂いたり、
本身(真剣)を見せて頂いたりしたんですね。


3階に戻って、いよいよ講演会が始まろうとしたとき、
平井先生ご兄弟が会場におみえになり、しばし小島氏とご挨拶。
ちなみに、このメンバーのスリーショットは、
なかなか見ることはないんですよね。


ですから「チャンス!」とばかりに
写真に収めさせていただきました。
そして、やっと講演会のお話です。


その日のお話は
『両雄士傳』と『殉節両雄之碑』



近藤勇や土方歳三が亡くなってから
多摩の人々(特に今回は小島鹿之助)が
彼らの名誉回復の為に、いかに尽力したのか。
それが充分わかるお話でした。


小島資料館の資料は莫大な量ですが、
今回のレジュメでも、見たことのない資料も多数コピーされ、
それを頂いただけでも嬉しかったです。


お話は近藤勇の処刑の話から始まります。
瓦版の話や、近藤の「辞世の詩」
そしてその詩を、漢詩の先生に添削してもらい、
世の中に公表した話。


近藤勇処刑後、小島鹿之助は
その刑場地を訪れたそうですけど、
処刑を目撃した老人に偶然出会い、
当時の様子を聞き、涙したそうです。


その時鹿之助が書いた板橋の様子
(刑場と今のお墓のある場所)
を描いた絵が残されていて、
当時の様子を垣間見ることができます。
(畑だらけだったみたいです)


『殉節両雄之碑』建立に至る話は、
今まで漠然とした流れは知っていましたけど、
途中で起きたエピソードなどを聞きながら
年代を追うことで、より具体的にわかりました。


『殉節両雄之碑』の揮毫の話については
慶喜のエピソードが有名ですけど
(揮毫依頼に、涙流すだけだったという話)
じつはその前に、有栖川宮にお願いしてたということも
今回初めて聞いた話でしたので、新鮮でした。


他にも、近藤らの肖像画の話などの
講演会に来ないと、なかなか聞けない
ご子孫ならではのエピソードをお聞きすることができて、
大変有意義な時間を過ごさせて頂きました。


やはり講演会は面白いですね。
探してみると各地で色々な講演会がありますから、
機会があったら、参加すると楽しいかもしれませんよ。

今日の記事はいかがでしたか?
「今日読んだよ、面白かったよ、役に立ったよ」の印に
応援クリックを頂けますと私の励みになります。

⇒ 歴史ブログ 幕末・明治維新

クリックをたくさん頂いた記事を、
今後の記事アップの参考にして、
もっと楽しい記事を作っていきたいです^^(ルンちゃん)
 
新選組のチョッと話 トップページに戻る
posted by ルンちゃん at 12:33| Comment(2) | 新選組のふるさと歴史館 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする