2017年08月25日

お福さんがやって来た!


今回も『新板大江戸名物双六』のお話です。
『新板大江戸名物双六』の19コマ目に登場するのが
今戸火鉢です。


以前にも「今戸焼」のお話はしましたが、
じつはその頃、今戸焼 白井さんで、
今戸焼の注文をしていたのです。


それがやっとできた
という連絡をいただいたので、
久しぶりに白井さん方を
訪問してみました


「今戸焼 白井」さんです
「今戸焼 白井」さんです posted by (C)ルンちゃん


「今戸焼」を知らない方の為に、
チョッとお話しますと、「今戸焼」は
台東区今戸周辺で焼かれていた
素焼きの焼き物のことですよ。


今戸橋跡
今戸橋跡 posted by (C)ルンちゃん


始まりは鎌倉時代までさかのぼるようですが、
その後の数々の出来事により、「今戸焼」が
江戸の人々に知られていくように
なったようです。


「新板大江戸名物双六」は
当時の江戸の名物を記したのもなので、
そこに載っていた今戸焼は江戸の人には、
かなり知られていたのでしょうね。


たぶん、いろいろな今戸焼が
あったのでしょう。


ちなみに
沖田総司がお好きなあなたなら、
今戸神社にある
「沖田総司終焉之地」碑はご存知ですよね。


実は、あの碑の隣りに建っているのが、
「今戸焼発祥之地」碑なんですよ


今戸神社には…
今戸神社には… posted by (C)ルンちゃん


沖田総司の碑の隣には?
沖田総司の碑の隣には? posted by (C)ルンちゃん


今戸神社にある古い狛犬には、
当時の今戸焼職人の名前が
多数刻まれています。


今戸神社にて
今戸神社にて posted by (C)ルンちゃん


さて、「新板大江戸名物双六」に載っている
お福さんは、火入れ(火鉢)の置物です。
昔はその中に炭を入れて、
手をあぶって温めたりしたようです。


タバコの火も
そこから取ったりしたのでしょうね。
火鉢はお福さん(の図柄)以外にも、
動物のものなど、いろいろ
あったようですよ。


今回注文していたのは、
「新板大江戸名物双六」に載っているお福さん。
やはり、双六に載っている江戸時代の図柄のものが
欲しかったので、お願いしてみました。


出来上がったお福さんは、
青色が鮮やかな、とてもいいお顔です。
そんなステキなお福さんが
我が家にやってきましたよ


『新板大江戸名物双六』の姿のまま
『新板大江戸名物双六』の姿のまま posted by (C)ルンちゃん


1年半待った甲斐がありましたね
そうなんです。
神社の干支人形なども作られているのと、
注文する方も多いようで、
できあがるまでに1年半ほど
かかるといわれていていたのです。


それができあがったということで、
我が家にお福さんが来たというわけです
長かったような短かったような。。。


お店を訪問した際には、白井さんから、
今戸焼に関するいろいろな史料を
見せていただきました。
貴重なお話なども聞くことができて、
とてもいい時間を過ごすことができましたよ。


今戸焼 白井さんは、今戸に残る
だた一軒の今戸焼のお店です。
江戸時代から残る型木や、文献などを基に、
昔からの品を残す一方、新しいオリジナルの
干支人形などを作っていらっしゃいます。


お福さんを取りに行った時には、
他の今戸焼も買ってきました。
それもとてもかわいい干支人形です。


今戸焼は素朴な感じがいいですね。
私の好きな焼き物のひとつです。
時代の要求によって、
作る物は変化していますが、
これからもずっと、
残っていって欲しい焼き物です。


あなたも興味がありましたら、
今戸神社からすぐ近くの今戸焼 白井さんに
立ち寄ってみて下さいね。


但し、作業などでお休みの日もあります。
また営業日でも、作業のお邪魔にならないように、
ご配慮下さいね。
 
お福さん
お福さん posted by (C)ルンちゃん

火鉢の裏側
火鉢の裏側 posted by (C)ルンちゃん


※『新板大江戸名物双六』の絵は
  国立国会図書館デジタルコレクションで見られます。
  http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1310566

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posted by ルンちゃん at 22:31| Comment(0) | ・新板大江戸名物双六 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月20日

府中の鳴子うり


今回も『新板大江戸名物双六』のお話です。
『新板大江戸名物双六』の13コマ目に登場するのが
鳴子うりですが、その話の続きです。


前回は昔の栽培地のひとつ、
西新宿の「成子神社」をご紹介しましたが、
そちらではもう「鳴子うり」の栽培は
行っていません。


そこで今回は、もうひとつの栽培地だった
府中市の是政(これまさ)を訪ねてみましたよ。
府中では、マクワウリの名で販売していますので、
ここからは「マクワウリ」と書きますね。


さて、マクワウリは根が浅いので、
水を多く含む土壌が適しているということを
前回も書かせていただきました。


今日ご紹介する是政も、多摩川に近く
マクワウリに適した土壌として
御用畑として選ばれたようです。


今回、訪ねた場所は、
是政にある「府中市郷土の森」
その一画にある「観光物産館」です。


郷土の森観光物産館
郷土の森観光物産館 posted by (C)ルンちゃん


マクワウリは府中市内の他の場所でも
販売しているようですが、
今回は是政にこだわって、こちらを訪問


現在、JA東京などで、
江戸東京野菜を復活・普及させようという
動きがあって、マクワウリもそんな考えに
共感した方々が、栽培・販売を行っています。


ちょうど7月後半から8月にかけてが、
マクワウリの販売シーズンだそうで、
私が買いにいったときは、
2種類のマクワウリが販売されていました。


1つは縞模様の入ったもの。
もう1つは、まっ黄色の金太郎マクワウリ。


江戸時代からのものは縞模様のほうで、
「新板大江戸名物双六」にあるのも
しましま模様がくっきり描かれています


江戸時代からのウリ
江戸時代からのウリ posted by (C)ルンちゃん


でも絵の方はもっと黄色いですね。
写真のは青みがかっています。
マクワウリはいろいろと種類があるらしいので、
他にもあるのかもしれませんね。


金太郎マクワウリ
金太郎マクワウリ posted by (C)ルンちゃん


そしてこちらが、
金太郎マクワウリと呼ばれている
マクワウリです。


写真のふたつ、どちらが甘いのか
お店の人に聞いたところ、
金太郎マクワウリのほうが
甘いとのことでした。


たぶん昔からあったマクワウリを
改良して、もっと美味しくして
いったんでしょうね。


まあ、聞くより体験したほうがベストなので、
さっそく家に帰って、二つを食べ比べてみました。
さて結果は?  


食べてみた
食べてみた posted by (C)ルンちゃん


食べてみたら、
どちらもよく熟れていて、
そんなに味に差はなかったです。
どちらも美味しゅうございました


甘さが足りなくて「ご贈答品にならない」
と聞いていたので、本当に甘くなくて
美味しくないのかと思っていましたが、
予想に反して、甘くて美味しかったです。


確かに甘さがキツイかといえば
そんなではありませんけど、
プリンスメロンを食べていた世代には、
それと同じくらい(いえ、それ以上に)
甘くて美味しかったと思います。


ということで、今年のマクワウリの季節は
もうすぐ終わりますが、また来年も
機会があったら、買ってこようと思う
ルンちゃんでした


まだ先日買ってきたものが家にあるので、
江戸時代の人のように、マクワウリを
堪能したいと思います。


※『新板大江戸名物双六』の絵は
  国立国会図書館デジタルコレクションで見られます。
  http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1310566

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posted by ルンちゃん at 00:23| Comment(0) | ・新板大江戸名物双六 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月18日

近藤先生も食べたかも 鳴子うり


久しぶりに『新板大江戸名物双六』のお話です。
『新板大江戸名物双六』の13コマ目に登場するのが
鳴子うりです。


「鳴子うり」って何のこと?
って思うかもしれませんが、
昭和生まれの人には懐かしい、
「マクワウリ」のことですよ


昭和の頃には、
よく八百屋さんで売っていた
「プリンスメロン」に似た味の
ウリ(メロン)です。


現在では、それよりもっと甘い、
網目のあるメロンが出回っているので、
すっかりすたれてしまった
昔のメロン。


それが 鳴子うり(マクワウリ)
なのでした。


「鳴子うり」の名前の由来は、
江戸時代に特産地だったのが
今の新宿区の「成子神社」辺りだったからとか、
その辺りを「鳴子坂」と呼んでいたからとか
あるようです。


鳴子ウリの看板
鳴子ウリの看板 posted by (C)ルンちゃん


成子神社の鳥居
成子神社の鳥居 posted by (C)ルンちゃん

また「四谷ウリ」などとも
呼ばれていたようです。


でもこのマクワウリ、
出処はしっかりしていて、実は
元和年間(1615〜24年)に、徳川家康が
美濃の国の真桑村から農民を呼び寄せて、
わざわざマクワウリを栽培させたのが
始まりなんだそうです。


甘いものがあまりなかった時代なので、
夏が季節のマクワウリを、どうしても
食べたかったのでしょうね。


マクワウリの根は浅いため、
土の乾燥にはとても弱いのだとか。
ですから育てるには、
湿り気のある土が良いそうですよ。


その点でこの鳴子界隈は、
神田川が近くにあり栽培に
とても適していたようなんです。
それでこの界隈でマクワウリ(鳴子ウリ)を
育てることになったそうです。


成子神社の本殿
成子神社の本殿 posted by (C)ルンちゃん

成子神社
成子神社 posted by (C)ルンちゃん


また、元禄11(1698)年には、
「新宿」という新しい宿場が開かれたため、
益々栽培は盛んになりました。
それは明治に至るまで続いたそうですよ


でも現代では、この地で「鳴子ウリ」は、
栽培されていません。
さっきのような理由もありますし、
こんな都心の ど真ん中ですから
畑すらも見当たりません。
残念なことですね。


ところが、
実は栽培地に選ばれていたのは、
ここだけじゃなかったんです!


美濃の国から農民を呼び寄せて
マクワウリを作らせた時、
この鳴子地区以外にもマクワウリを
作らせた土地があったのです。


実はそこは新選組ファン
というか近藤勇らが好きなファンなら
知っている場所なんです。


それは、近藤勇が天然理心流の
襲名披露試合をした場所、
府中なんですよ


府中の是政(これまさ)村で、
マクワウリの栽培も同時に
させていたのです。


しかも、こちら府中では、
今でもマクワウリの栽培がされていて
食べることができるのです


そんなわけで、府中に行って
マクワウリを探してきましたよ。
そのお話は、また次回。
どうぞお楽しみに!

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