2017年11月25日

八王子のいちょう祭り


平成29年11月18日と19日は
八王子の「いちょう祭り」だったので、
19日に出かけてみました


「いちょう祭り」は、八王子市役所周辺や、
八王子「追分」から「小仏関所」までの
およそ770本のいちょう並木がある
甲州街道(甲州道中)をメインに行われる
お祭りのことですよ。


昭和54年に始まって今年で38回目。
今年は八王子の市制施行100周年
というのも加わっていてたので、
行ってみることにしたのです。


実は私「いちょう祭り」に参加したのは
初めてだったんです。もちろん
前からお祭りのことは知っていましたが、
いつもその日は、なにかしら予定が入ってしまい、
参加できずにいました。


でも今年こそはと思って、行ってみましたよ。
私の第一のお目当ては、
「関所オリエンテーリング」です。
それは「追分」から「小仏関所」までに設けられた
12の関所を歩いてめぐるというものです。


まあ、個人的には毎年お正月に行っている
七福神めぐりのようなものと思って、
気軽に参加してみました


甲州街道(国道20号)の追分から始まって、

追分関所 − 千人一関所 − 千人二関所 −
千人三・四関所 − 並木一関所 − 並木二 −
新地関所 − 原宿関所 − 原関所 −
川原之宿関所  − 小名路関所 − 小仏関所

と歩いていくルートです。


でも、この順番で歩くつもりが、
最寄り駅の「西八王子」駅で降りそびれ、
「高尾」駅まで行ってしまったので、
小仏関所から反対のルートで歩くことにしました
どこから始めても、いいので
まあ良しとしましょう。


この12の関所ルートは、私にとっては
「八王子千人同心ゆかりの地」や
「高尾山」などお気に入りのものが多いので、
とても歩くのが楽しみです。


高尾駅を降りて、いざ出発!
高尾駅を降りてすぐ、
いちょう祭りの通行手形を購入(500円也)。
これに各関所で焼印を押して貰います。


関所には旗があるので、案内地図と
旗をたよりに歩きます。
高尾駅に一番近い関所は「川原之宿関所」
そこから、「小仏」「小名路」を
めぐっていきましょう。


川原之宿関所
川原之宿関所 posted by (C)ルンちゃん


御朱印と違って、
通行手形のみ費用がかかります。
各関所の焼印には費用はかからないのが
いいですね。


小名路関所
小名路関所 posted by (C)ルンちゃん


こちらは「小名路関所」です。
こんな風に各関所では、
飲み物や食べ物が用意されていて
いろいろと購入できます。


また幾つかの会場では、
全国・近隣観光物産展等のお祭りやバザールが
開催されていて、そこに立ち寄るのも楽しいです


原宿関所
原宿関所 posted by (C)ルンちゃん


こちらは「原宿関所」ののぼりです。
それぞれの関所では、その関所独自の
ものなどもありました。


千人町1関所
千人町1関所 posted by (C)ルンちゃん

千人町1丁目の関所には、
顔出し看板がありましたよ。
街道では、クラシックカーのパレードも
行われていました。


他にも家の前や店の前では、「古着」や「野菜」
「木工細工」「植物」「めだか」etc…
の販売なども行われていて、
見て歩くだけでも楽しいです


そんな中で、私も
「はちみつ」を購入しました。


沿道のお店で買ったもの
沿道のお店で買ったもの posted by (C)ルンちゃん


高尾のハチミツです。中でも
「日本みつばち」のハチミツは、
とても希少価値があるらしいです。
なかなか手に入らないのだとか。


酵素がたっぷり入っているので
チョッと食べるだけで充分だそうです。
いいものを手に入れました


さて、オリエンテーションでは、
6ヶ所以上の焼印を貰うと、
B会場で福引ができて、商品が貰えます。
(私は缶コーヒーをGETしました


また12ヶ所すべての焼印をいただくと、
パーフェクト賞が貰えます。
私もGETしましたよ。


戦利品の数々
戦利品の数々 posted by (C)ルンちゃん


こうして、オリエンテーリングをしながら、
いろいろなお店を見て歩いて、
いろいろと食べ歩いて、
楽しく過ごすことができました。


それでも、まだまだ
体験できなかったことがあったので、
また来年も参加しようと、ひそかに思う
ルンちゃんなのでした

銀杏並木が綺麗ですね
銀杏並木が綺麗ですね posted by (C)ルンちゃん

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posted by ルンちゃん at 00:33| Comment(0) | 八王子ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月04日

黄金の色紙にトライ!


明けましておめでとうございます。
昨年も、あっという間の1年でした。
(毎年同じこと言っていますが^^;)


今年もたぶん
同じように過ぎるのでしょうけど、
できるだけ時間に流されることなく、
日々を丁寧に過ごしていきたいです。


ブログもできる限りアップしていきますので、
どうぞよろしくお願い申し上げます。
 m(_ _)m ペコリ


さて今年も恒例の
七福神めぐりからいってみましょう!


今回は「八王子七福神めぐり」のお話です。
といっても「八王子七福神めぐり」は、
だいぶ前に記事アップしているんですよね。


じつはですね〜、その時からずっと毎年
八王子七福神めぐりだけは続けていたのです。
それが今年で7年目なんですよ。


この「7」というのが特別でして、
ですから私としては「やっと来たか」
という気持なんですね。
何のことかは、後ほどお話するとして
まずはスタートです


さて今回の七福神めぐりでは、
八王子に残る史跡・その他を中心に
お話していこうと思います。
八王子もいろいろと、
気になるものがありますからね。


七福神の各お寺の説明は
過去記事「八王子七福神めぐり」が詳しいので
そちらをご覧下さいね。

過去記事 ⇒ 八王子七福神めぐり


千人頭・原半左衛門胤敦と三田村鳶魚
八王子にはかつて
「八王子千人同心」という組織がありました。


「八王子千人同心」とは、江戸時代に
武蔵と甲斐の国境にあたる甲州口の警備と
治安の為に置かれた組織のことです。
武田家の滅亡後、徳川氏によって庇護された
武田家遺臣を中心に作られ、
この八王子に近在していました。


その史跡が八王子市内に
いくつか残っています。
毘沙門天が祀られている本立寺には、
原半左衛門胤敦(たねあつ)と
三田村鳶魚(えんぎょ)のお墓があります。


毘沙門天の本立寺
毘沙門天の本立寺 posted by (C)ルンちゃん


原半左衛門胤敦(たねあつ)は、
千人同心の千人頭だった人ですが、
寛政12(1800)年に幕府の許可を得て、
弟の新介や子弟1000人と共に
蝦夷へ渡っています。


当時の日本は、異国からの
侵略の恐怖に晒されていて、
幕府の命のもと沿岸警備のために
各藩が赴任していました。
(津軽藩についてもお話しましたよね)


千人同心も警備と蝦夷地開拓の為に、
蝦夷へ渡っていたのです。
それは、明治期の屯田兵よりずっと前、
会津藩士達が開拓で蝦夷へ赴くよりも
前のことなんです。


でも蝦夷地は想像以上に過酷な土地でした。
胤敦は白糠(現・白糠町)、
新介は勇払(現・苫小牧)に住み開拓を試みますが
結局は失敗し、数年後に八王子に戻ってきます。


胤敦はその後、「新編武風土記稿」の
編纂に尽力しています。


本立寺の原家の墓地内には、
その胤敦と新介のお墓が並んであります。
上記のことが縁で、八王子と苫小牧市は
姉妹都市になっていて、敷地内には
苫小牧市が寄贈した顕彰の燈籠もありますよ。


苫小牧からの灯篭
苫小牧からの灯篭 posted by (C)ルンちゃん


そしてもう一人。
江戸時代のことを調べると、
決まって名前が登場するのが、
三田村鳶魚(えんぎょ)です。
こちらは明治から昭和にかけて活躍された、
江戸の風俗等を研究されていた方です。


本立寺の看板
本立寺の看板 posted by (C)ルンちゃん


「なぜ三田村鳶魚が八王子に?」
って、思うかもしれませんが、じつは八王子の
千人同心の家の出身だったのです。
私も気になっていた人物だったんですけど、
八王子出身とわかった時には驚きましたね。


ちなみに「三田村鳶魚全集」の17巻には
『話に聞いた近藤勇』という稿があって、
近藤勇のことが辛辣に書かれています。
「聞いた話って、どこで誰に聞いたのよ!」なんて
ツッコミたくなるほどですよ。


鳶魚さんのお墓はわかりにくくて、
お寺の方に案内していただきました。
(お忙しいところ、ありがとうございました)
墓石の表には戒名が彫られていますが、
「院」の字と「殿」の字があるので、
かなり立派なお家柄なのでしょう。


◇文字の刻まれた石塀◇
恵比寿天の祀られた伝法院は、
石塀がとても珍しいです。これは
明治39年から41年に作られたもので、
当時栄えていた700軒ほどの
商店の屋号などが刻まれています。


八王子は昭和20年の空襲で、
町中が戦火に晒され、こちらの本堂も
焼失していますが、この塀は焼け残ったそうです。
でも、それからだいぶ経っているので、
至る所に塀の欠落が見られます。


できるだけ長く残っていて欲しいですね。
境内には同じ頃に建てた石灯篭もあります。

文字入りの石塀
文字入りの石塀 posted by (C)ルンちゃん


伝法院にて
伝法院にて posted by (C)ルンちゃん


福禄寿の祀られた金剛院の隣には、
時の鐘もあります。


時の鐘
時の鐘 posted by (C)ルンちゃん


金剛寺の敷地には、
季節はずれの桜が咲いていました。
この桜は「10月桜」かまたは
「冬桜」とか呼ばれるもので、
この時期に咲く桜だそうです。


金剛院
金剛院 posted by (C)ルンちゃん

冬の桜
冬の桜 posted by (C)ルンちゃん


◇まつひめ四百年祭◇
布袋尊の祀られた信松院
武田信玄の娘・松姫様の庵のあった場所ですよ。


松姫様
松姫様 posted by (C)ルンちゃん


松姫様は天正10(1582)年の武田氏滅亡の際、
姪たちの命を救うため、数人と共に八王子に逃れ、
その後22歳の時に出家し、この地に庵を開いたのです。


千人同心達とも、交流があったようですが、
元和2(1616)年に56歳で亡くなりました。
今年2016年はちょうど没後400年にあたり、
4月16日には「まつひめ四百年祭」が
開かれるそうですよ。

まつひめ四百年祭
まつひめ四百年祭 posted by (C)ルンちゃん


こちらにはとても大きな布袋様がいらして、
お腹を触ると福が来るのだそうです。


おなかを触ると福が来る♪
おなかを触ると福が来る♪ posted by (C)ルンちゃん


布袋像
布袋像 posted by (C)ルンちゃん


増田蔵六先生のお墓
増田蔵六先生といえば天然理心流。
大黒天の祀られている善龍寺には、
増田先生のお墓や顕彰碑(小伝碑)、
本堂には奉納額も納められています。
(他にも免許皆伝の巻物もあるらしいです)


善龍寺
善龍寺 posted by (C)ルンちゃん


増田蔵六先生は戸吹村の千人同心だった
坂本重右衛門の子として生まれ、天然理心流二代目の
近藤三助先生(=坂本三助方昌)に師事、
その後、千人町で多くの門弟を育てました。
(碑によればとなんと千有余人!)


天然理心流の奉納額
天然理心流の奉納額 posted by (C)ルンちゃん


蔵六先生のすごいところは、
天然理心流の三術(剣術・柔術・棍術)を
修めたところです。もし三助先生が急死しなければ、
理心流の極意(気だけで相手を封じ込める術)も
伝授されたのかもしれませんね。


増田先生の墓碑
増田先生の墓碑 posted by (C)ルンちゃん

毎年、七福神めぐりの際には、
墓所へも立ち寄りお参りしています。
先生の墓前に立つと、
なんとなく気が引き締まります。


追分町の交差点には、
「千人同心記念碑」があります。
この一帯に千人同心たちの住む
長屋などがありました。


この碑のある場所は、前述の
原半左衛門胤敦の屋敷があった
場所だそうですよ。


八王子千人同心の碑
八王子千人同心の碑 posted by (C)ルンちゃん


◇萌え寺◇
史跡ではありませんけど、
弁財天の祀られている了法寺
萌え寺として有名です。
とはいっても、一時期の賑やかさは
少し落ち着いた様子も。
でもいかにもそれ系の参拝者は
見かけましたけどね。


萌え寺
萌え寺 posted by (C)ルンちゃん


萌え寺の看板
萌え寺の看板 posted by (C)ルンちゃん


◇大久保長安ゆかりの堤◇
寿老尊の祀られた宗格院
千人同心にも縁のあるお寺ですが、
大久保長安にも縁がある場所です。

千人同心ゆかりの寺
千人同心ゆかりの寺 posted by (C)ルンちゃん


この寺の北側には今でも浅川が流れていますが、
江戸時代、川の氾濫を防ぐ為に、
この一帯に堤があったのです。それを作ったのが
大久保長安で、「石見土手」と呼ばれていました。


宗格院の看板
宗格院の看板 posted by (C)ルンちゃん


明治末頃まで堤は所々に残っていましたが、
今はこの宗格院の敷地内に
数メートルが残るだけです。


ただ、建物の裏手にあるので、
普通は見ることはできません。
以前、お参りに寄った際に見学希望の旨をお話して、
裏手の見える障子を開けていただきました。
「ここですよ」と言われなければ
見逃してしまいそうな場所ですよ。


◇そして満願(^^)◇
八王子は七福神といいながら、
8体の神様がいらっしゃいます。
八王子の「八」にちなんでということですが、
最後の神様は吉祥院の吉祥天です。


吉祥院
吉祥院 posted by (C)ルンちゃん


八王子の七福神めぐりは、八王子駅側からめぐると
ちょうど坂を上がって、この吉祥院に至ります。
それが「運気が上がり調子になる」と縁起を担いで、
八王子駅側から歩く人が多いです。


吉祥天
吉祥天 posted by (C)ルンちゃん


私も上がり調子になるようにと
今回もこの順路でめぐりましたよ。
そして今回で7回目!!


じつはですね、八王子七福神は
毎年色紙の印刷の色が変わるんです。
その色を7色集めると(つまり7年連続で通うと)
なんとステキな「黄金の色紙」がいただけるのでした。


それで吉祥院で最後の御朱印をいただいて
7色分の色紙をゲット!
黄金の色紙をいただきましたよ


見てください、このまばゆさ!!
7年通った甲斐があったというものです。


黄金の色紙
黄金の色紙 posted by (C)ルンちゃん


いつも「1年はあっという間」
なんて言ってますが、
やはり7年連続となると大変ですよね。


7年あれば小学生も中学校に通っているし、
私でさえ7年間でいろいろな変化がありましたから。
でも病気もせず気力も衰えずに頑張れたものだと、
我ながらよくやったと思います。
自分を褒めたい気分です。


吉祥院から高尾山を望む
吉祥院から高尾山を望む posted by (C)ルンちゃん


「今年が8年目なんです」
などと、話している御仁も見かけましたが、
私は満願成就したと思っているので
「八王子七福神めぐり」はこれで完了です。


というわけで「黄金の色紙」ゲットで、
幸先よく2016年をスタートさせた
ルンちゃんなのでした〜

元日のお陽さま^^
元日のお陽さま^^ posted by (C)ルンちゃん


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