2023年08月03日

吉川英治記念館

先日、青梅市にある
「吉川英治記念館」に行ってきました。
以前からその場所は興味があったのですが、
今まで行くことはありませんでした。

吉川英治記念館
吉川英治記念館 posted by (C)ルンちゃん


でも今回は、夏季展示で
「吉川英治と市所蔵の文豪たち」
というのが行われていたんですね。


その展示の中に、中里介山の資料も
あったものですから、
これは行かないわけにはいかないな
ということで、行ってきましたよ。


夏季展示
吉川英治と市所蔵の文豪たち
〜青梅市吉川英治記念館×文豪とアルケミストPARTV〜
2023年7月8日(土)〜9月24日(日)



配信ゲームの中に、
「文豪とアルケミスト」というものが
あるそうですね。私はよくは知りませんが、
なにかで見たことはあります。


文豪転生シュミレーションゲーム。
キャラクターに史実の関係性を反映させて、
過去の文豪たちが現世に転生したら…
という設定のゲームです。


実はその中に、
中里介山も登場するのですよ。
実際の介山先生とは似ても似つかずの
キャラクターですけどね。

中里介山?
中里介山? posted by (C)ルンちゃん

こちらの会場では、
そんなゲームに登場する吉川英治や
中里介山や直木三十五の等身大パネルも
展示されていました。


今回の展示では、
青梅市内に草庵を構えたことがある
という理由から、中里介山の
「大菩薩峠」にゆかりの展示が
されているようです。


「大菩薩峠」「中里介山研究書」
などの刊行図書のほか、
介山の直筆はがきや、大菩薩記念館が
当時あった頃の記念館の写真等、
いろいろな展示がされていました。


ですから「やった〜!!」
ていう感じです。
思った以上の収穫に、
ルンルン気分が満載です。


中でも「大菩薩峠」の直筆原稿は
見ることができてとてもよかったです。
なかなか見られるものでは
ありませんからね。


羽村市郷土博物館所蔵のものも
あったので、ぜひまたあちらにも
行ってみたいです。

園内案内図
園内案内図 posted by (C)ルンちゃん


原稿といえば、吉川英治記念館なので、
吉川英治の原稿はもちろんですが、
佐藤春夫や三島由紀夫、
江戸川乱歩や川端康成などなど
その他多数の作家の原稿も展示されていました。


これにも驚きですね。
これって常設展示なのかな。
それともこの企画展に合わせての
展示でしょうか。


私も「すごい!」と思いましたが、
文学が好きな人には、
たまらないものなんでしょうね。


私は「幕末史」だけで手一杯なので、
これ以上興味の枠を広げないつもりですが、
また機会があったら行きたいなと
ついつい思ってしまう展示でした。


興味のある方は
是非どうぞ!!


作家の吉川英治といえば、
「宮本武蔵」の作品を思い浮かべますが、
それ以外にもいろいろありますよね。


どちらかといえば、司馬遼太郎や
浅田次郎の作品を読んでしまう私ですが、
今度、吉川英治氏の作品も読んでみたいです。


できれば幕末物など…


あれ? 吉川英治って、
幕末題材の作品てありましたっけ?
「飢えたる彰義隊」とか…

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posted by ルンちゃん at 16:12| Comment(0) | 中里介山の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年05月09日

介山公園に行ってみた

羽村市の中里介山先生の
お墓を訪ねた時、実は
「介山公園」という所へも
行ってみたのです。


その公園の近くには、
「中里介山 百姓弥之助由来の地」
という石碑も建っていました。
昭和53年に建てられた碑です。


介山の碑
介山の碑 posted by (C)ルンちゃん


公園には中里介山の碑
というのもあり、その碑の近くには
「以前、高尾山に住んでいた
中里介山は、しばらくの後
この地に戻り、大菩薩記念館を
開設した」との解説もありました。


ですから、この地が
あの「大菩薩記念館」が
あった場所だったのですね。
今はない記念館ですが、
一度は見てみたかったな。


それにしても、
中里介山のお墓といい、
この介山公園といい、
私が想像していた以上の
場所でした。


介山公園
介山公園 posted by (C)ルンちゃん


ふるさとである
羽村の人々にとって、
中里介山という人の存在って、
私が思っていた以上の
人なのかもしれません。


まだ訪れたことのない
介山先生ゆかりの地に
これからも出かけてみようと
思います。

中里介山の碑
中里介山の碑 posted by (C)ルンちゃん


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posted by ルンちゃん at 20:15| Comment(0) | 中里介山の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年04月20日

中里介山を訪ねる

先日、羽村市に行ってきました。
それは中里介山先生の
お墓を訪ねる為です。


中里介山は、以前にも
こちらのブログでご紹介した通り、
「大菩薩峠」という超長編小説を
書いた方で、「大菩薩峠」には
新選組も登場しているのでした。


そして「土方歳三資料館」には、
介山先生が描いた近藤勇像が
あります。


だいぶ前になりますが、
羽村市郷土博物館の
介山先生ゆかりの品や建物を
見学しました。


でも、その時はお墓詣りまでは
しなかったんですよね。


なので今回は、
中里介山ゆかりの地を再び訪ねる
ということで、出かけてみたのです。


中里介山先生のお墓は、
羽村市郷土博物館の近くにある
「禅林寺」というお寺にあります。


禅林寺
禅林寺 posted by (C)ルンちゃん


「東谷山禅林寺」は
臨済宗建長寺派の寺で、
1593(文禄2)年に創建されました。


でも1811(文化8)年と、
1922(大正11)年に火災があり、
本堂は焼失してしまったとか。
山門は、1862(文久2)年
当時のものだそうです。


再び建てられた本堂の裏手に、
中里介山のお墓があります。


山門をくぐって、本堂で手をあわせて、
裏手に向かうと階段があります。
その階段の雰囲気がすごく良くて
ずっと歩いていたい気分になりますよ。


介山への道
介山への道 posted by (C)ルンちゃん


傍らには介山先生のお墓に至る
道しるべも建っています。


階段を上りきると墓所になります。
そのまま進むと「介山居士墓入口」の
碑があるので、すぐにわかりました。


奥まで進んでいくと、ありました。
「中里介山居士之墓」


すごい立派ですね。
想像していたのとは違っていて
チョッとびっくりしました。


介山先生のお墓は五輪塔だったんですよ。
亡くなったのは昭和になってから
ですけど、昭和の時代に五輪塔のお墓って
珍しくないですか。


中里介山のお墓
中里介山のお墓 posted by (C)ルンちゃん


私の中では、五輪塔って
平安時代とか鎌倉時代とかの
イメージがあったものですから。


なぜ介山先生のお墓が
五輪塔なのかはわかりませんが、
なにかしら理由がありそうですよね。


墓碑のお隣には墓誌がありました。
それを拝見すると介山先生の戒名
が刻まれていました。


「介山」の文字や
文学の「文」の字が刻まれているのが
わかります。


墓碑に手を合わせて
その場を後にしました。


本堂に戻って、住職様にお会いして
御朱印をいただいたり、
玄関にあった「大菩薩峠」の碑を
見せていただいたりしました。


屏風は見ましたか?


住職様の問いかけに、
「? 見ていません」と答えると
どうぞこちらへと言って
建物の中へ案内されました。


そこにあったのは、
山岡鉄舟の屏風でした。


内容はよくわかりませんでしたので、
文の写しをいただいたいて、
家に帰ってじっくり読もうと思います。


思いもしなかった場所で、
山岡鉄舟さんの屏風まで見ることができて、
充実した日を過ごすことができましたよ。


またいつか再び、訪れてみたい場所が
ひとつ増えました。


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