2018年06月06日

御岳山の大菩薩峠記念碑


青梅にある御岳山に
中里介山ゆかりの記念碑があるというので
現地に行ってきましたよ。


御岳山のどこかに記念碑があるのは
数年前から知っていました。でも、
それがどこにあるのかはわからなかったし、
御岳山に行く機会もなくて、
今までそのままにしていました。


でも今回、
有名な碑だから行けばわかるだろう
なんて考えて、御岳山に行ってみることに
したのです


御岳山を訪れたのは3回目です。
もしかしたら、子供の頃に
もっと行っているかもしれません。
でも記憶にあるのは、そのくらいですね。


その記憶も、だいぶ前のことですから、
山頂の様子くらいしか覚えていません


当時は介山先生のことなどは
まったく存じ上げなかったので、
碑など見た記憶もなく…
今回、介山先生の碑を探せといっても、
皆目見当もつきませんね^^;


あっ、そうそう。
なぜ介山先生の碑が、
この御岳山にあるのでしょうか?
まずそれをお伝えしなければいけませんね。


あなたが、小説「大菩薩峠」を読んでいたなら
ご承知ですよね。「大菩薩峠」の小説の中に
御岳山のことが書かれているからです。


小説の主人公である机龍之介は
御岳神社の奉納試合に参加するのです。
そこで、お浜という女性の内縁の夫である
宇津木文之丞と試合をし、彼を
殺してしまうのです。


それが、きっかけで龍之介は
生まれた地を去り、江戸へと住処を移すのでした。
(まあ、それだけが理由でもないのですけどね)


そんな小説の舞台、御岳山のふもとに到着。
ここから歩きで頂上まで登ることもできますが、
本日の目的は登山ではないので、
ケーブルカーで上ります。


target="_blank""ケーブルカーに乗って"
ケーブルカーに乗って posted by (C)ルンちゃん
楽ちんケーブルカーからのふもとの眺め


こちらのケーブルカーは、高尾山と同じ
京王電鉄です。高尾山のケーブルカーも
近年、乗物が綺麗になりましたが、
御岳山のケーブルカーも、とても綺麗でした


滝本駅から御岳山駅まで約6分の乗車です。
御岳山駅からは、山頂の御岳神社をめざして歩きます。
といっても神社までは、なだらかな坂道を歩くだけ。
途中には宿坊やお店の並ぶ道を通ります。


神代欅
神代欅 posted by (C)ルンちゃん
樹齢千年といわれるケヤキの木
小鳥さんたちも、多数訪れます



神代欅の看板
神代欅の看板 posted by (C)ルンちゃん


お店の並ぶ道は、なんとなく江ノ島で歩く
「稚児ヶ縁」への道にも似ていますね〜。
そんな所もあって、とても懐かしく感じる場所でした。


そうこうしているうちに神社に到着。
神社にお参りして、周辺のお社をめぐって
いろいろな碑も確認。でも、それらしい
介山先生の碑はありませんでした。


御岳神社の狛犬
御岳神社の狛犬 posted by (C)ルンちゃん
こちらは犬にも関係があるところだそうで、
立派な狛犬が多数あります



しかたなく、もと来た道を戻ります。
途中にも碑がたくさんありましたが、
この辺りかな〜と思う所を探してみましたが
それでも見当たらず


まずい、探せないかも…


神社の鳥居
神社の鳥居 posted by (C)ルンちゃん


「…そうだ! ネットで探してみよう!」と
思いったって確認したところ「随身門」
という門の近くにあることがわかりました。
よかった。門を目当てに探してみます。


随身門
随身門 posted by (C)ルンちゃん


あった! 発見!!
「中里介山作
小説大菩薩峠記念碑」



中里介山の記念碑
中里介山の記念碑 posted by (C)ルンちゃん
見つけた〜! 介山先生〜!!


お目当ての介山先生の碑は
「随身門」の横にある広場みたいな所に
ありました。


碑には
「ここ武州御嶽は名作發祥の地として
永遠に國民の魂と共にあり」の言葉と
白井喬二撰文
正宗得三郎書
の文字が刻まれていました。


※白井氏は小説「新撰組」も書いている
時代小説の草分け的存在の人です。
正宗氏は洋画家。


記念碑のアップ
記念碑のアップ posted by (C)ルンちゃん


その横には碑の説明板もあるのですが、
そちらは劣化していてまったく読めませんでした。
でもお目当ての碑が見つかったので、
それはよしと致しましょう。


しかも「随身門」では、
予期しなかった個人的に嬉しい物も発見して、
本日の大収穫に、とても満足したのです
やったね!!


介山先生の碑
介山先生の碑 posted by (C)ルンちゃん
一番奥に見えているのが、
介山先生の碑です



ちなみに御岳山には、「龍之介」や
「お浜」の名前で呼ばれる木があるらしいです。
今回は「碑」が目当てだったので、木の方は
また機会を作って訪れてみるつもりです。


御岳山からの眺め
御岳山からの眺め posted by (C)ルンちゃん
なんかホッとする眺めですね〜


中里介山先生ゆかりの地は、
他にもあるのですよ。例えば
「白骨温泉」とか「大菩薩峠」とか。


「白骨温泉」はチョッと遠いし
「大菩薩峠」は登山が大変そうなので、
どちらもすぐには行かれそうもありませんが、
いつかは出かけてみたいと思っています

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posted by ルンちゃん at 14:11| Comment(0) | 中里介山の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月21日

介山先生と高尾山

以前ご紹介した
新選組も登場する長編小説「大菩薩峠


その著者である中里介山は、一時
高尾山に住んでいたことがありました。
先日、その足跡を追って、
高尾山へ登ってみましたよ。


とは言っても、じつは
高尾山へは毎月来ているのです
健康促進がてら、高尾山へ登っているんですけどね。
(まあ、家や職場から近いというのもありますが)


でも中里介山の住んでいたらしいポイントは、
よくわかっていなかったんですよ。


それでいろいろ調べてみたところ、
たぶんここだろうという場所がわかったので、
行ってみることにしたのです。


その場所は、ふもとの
ケーブルカー乗り場のある清滝駅の、
左側にある6号路へと至る道を進みます。


でも6号路は登らずに、
6号路入口の所で分かれているもうひとつの
右側の道を進みます。


そこにちょうど、
「妙音橋」という橋が見えますが、
じつはこの橋は、中里介山由来の橋だそうです。
(名前を介山が付けたとか)


妙音橋1
妙音橋1 posted by (C)ルンちゃん


妙音橋2
妙音橋2 posted by (C)ルンちゃん


その橋を渡ると、そこには病院があって、
その道は本当は病院の私有地らしいのですが、
通ってもいいそうなので、そのまま
病院の前の道を突き進んでいきます。


その先はチョッと広場になっていて、
そこで道がなくなります。


「あっ、行き止まり」
と、一瞬思うのですが、よく見ると突き当たりに
階段があって、それを上がると
そのまま山への道になるのです。


実は、中里介山の石碑は、
この階段を上った所にあったのでした


いつもよくわからなくて、
引き返していた場所だったんです。
でも今回は、もうここしかないな
と思って進んでみたところ、
思った以上に近い場所に碑はありました。


その碑がこちらです

介山の石碑
介山の石碑 posted by (C)ルンちゃん


歩道から少し離れた場所にあるので、
興味のない人には素通りされる所です。
私が来たときも、数名の人が通りましたが、
誰も気にしていませんでした。


こんな場所にあります
こんな場所にあります posted by (C)ルンちゃん
実際には、こんな感じに見えます


介山が、この高尾山から去ったのは、
ケーブルカーの建設工事がうるさかったから
と聞いていましたので、もっとケーブルカーに
近い場所だと思っていたんですけどね。


そんなこともあって、なかなか
見つけられなかったんです…^^;


まあ確かに、山を切り崩すといった工事だったので、
この辺りでもうるさかったのかもしれません。
工事の車だって入ってきたでしょうから、
のんびり過ごしたかった介山にしてみれば、
迷惑な話だったでしょうね。


現在、碑がある場所は草が茫々で、
ここに人が住んでいた庵があったなんて
想像ができません。


山の中という場所が場所だけに、
人がいなくなればすぐに
山本来の姿に戻るのでしょう。


高尾山で介山を感じることができるのは
さっきの「妙音橋」の橋の名前と
この碑だけのようです。


それでも、介山のことを知りたいと思う人には、
何もないよりは、これだけでもあれば
いいのかもしれません。


高尾山の介山関連の場所は、
こちらでしたが、実はこの近くにもう一つ、
介山ゆかりの場所があるそうなので、
また訪ねた時には、記事アップしますね

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posted by ルンちゃん at 00:46| Comment(0) | 中里介山の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月13日

「大菩薩峠」20巻を読み終えた


以前にお伝えしていた
中里介山の大菩薩峠(全20巻)を
読み終えました


大菩薩峠/中里介山著
富士見書房



途中で飽きるということは
ありませんでした。でも、
じっくり読みたかったのと、途中で
別の本と平行して読んでいたもので、
意外と時間がかかってしまいました。


それでも、想像していたよりも
ずっと面白かったですよ。


「大菩薩峠」は中里介山が、
1913(大正2)年から
1941(昭和16)年という
長い歳月の間に書いた
大衆小説の魁ともいえる物語本です。


お話は安政5年の
青梅街道から始まります。主人公は
机龍之助(つくえりゅうのすけ)。


龍之助は、この物語のタイトルでもある
「大菩薩峠」のふもとにある沢井道場の
跡取り息子です。「音無しの構え」という
独自の技を使う剣の達人でもありました。


それだけなら「かっこいい♪」
って思うところなんですが、この御仁
大菩薩峠の頂上で、なんと罪のない
年老いた巡礼を一人、
斬り捨ててしまうのです


そして、机龍之助はもちろん、
殺された老巡礼の孫娘・お松や
その孫娘を助けた怪盗七兵衛、
それらの人々の行方を描いて始まるのが
「大菩薩峠」なのでした。


机龍之助はその後、
御岳神社の奉納試合で
宇津木文之丞という男と
試合をします。


文之丞には内縁の妻お浜がいましたが、
お浜は試合の前に龍之助に、
文之丞の妹だとウソをついて会い、
「この試合で負けて欲しい」と
龍之助に頼みます。


しかし、彼は聞き入れるどころか、
お浜を手篭めにしてしまうのです。


そして試合では、宇津木文之丞が
龍之助の刀に破れ、命を失います。
龍之助はお浜を連れて江戸へ向かいます。


その龍之助を、今度は
文之丞の弟の兵馬が、兄の仇と
龍之助をつけ狙うのでした。


龍之助は宇津木兵馬から
果し合いの書状を受け取るも、
それを無視して京都へと旅立ちます。
それより前、お浜を自分の刀で
斬り殺してしまう龍之助。


こうして龍之介は、次々と殺人を
冒していくのです。
もう最終話までには幾人殺したのか
わからないほどです。


ちなみに「大菩薩峠」
全20巻(42項目)は
下記の通りとなっていますよ。


第 一巻(甲源一刀流の巻)
第 二巻(龍神の巻)
第 三巻(女子と小人の巻)
第 四巻(如法闇夜の巻)
第 五巻(道庵と鰡八の巻)
第 六巻(小名路の巻)
第 七巻(無明の巻)
第 八巻(他生の巻)
第 九巻(流転の巻)
第 十巻(めいろの巻)
第十一巻(鈴慕の巻)
第十二巻(畜生谷の巻) 
第十三巻(勿来の巻)なこその巻
第十四巻(不破の関の巻)
第十五巻(白雲の巻)
第十六巻(胆吹の巻)
第十七巻(恐山の巻)
第十八巻(農奴の巻)
第十九巻(京の夢おう坂の夢の巻)
第二十巻(椰子林の巻)



この物語に、
じつは新選組も何度か登場します。
その中でも色濃く登場するのが、
その第一巻の中の3項目。
「壬生と島原の巻」ですよ。


ここでは龍之助は、芹沢鴨と
昔からの知り合いなんですよね。
京都で龍之助は、その芹沢鴨を訪ねます。
そして芹沢に頼まれて近藤勇を
暗殺することになるのですが…


龍之助と新選組との関わりは、
その項が一番濃いのですが、
その後も新選組の隊士たちは、
各場面で登場します。


思いもしないところで
土方歳三や沖田総司らが登場していますし、
後半では油小路の事件も描かれていて、
目が離せません。


そんな風に新選組が登場するので、
飽きもせずに、最後まで
楽しく読めたわけですけど。


でも全体的には、
机龍之助が出会った人物や、
宇津木兵馬が出会った人物などが
どんどん増えていくのです。


登場するそれぞれの人物の行動を
細かく書き上げているので、
場面がいくつも変わって読むのが大変です。


それで、お話も
主人公の机龍之助だけの話では
なくなっていきます。


しかも、こんなに登場人物が出てきて、
いろいろな場面が多数出てきて、
お話はどうなってしまうのかしら?
と思ったところで、
物語は終わってしまうのです。


実はこの「大菩薩峠」は「未完」なのです。
著者が腸チフスに罹り他界してしまったので、
登場人物たちは、旅の途中のまま、
永久に旅したままなのです。


そんなお話ではありますが、
著者が多摩地方の方であり、
史跡なども残っているので、私の中では、
とても記憶に残る作品でもあり、
著者さんでもあるのです。


さて、「大菩薩峠」全20巻は
読み終えてしまいましたが、まだ、
高尾山にあったという介山先生の
居住跡も確認していません。


また、物語に登場する
大菩薩峠にも登っていませんので
(介山先生ゆかりの碑などがあるらしい)
まだしばらく、私の大菩薩峠熱というか、
介山熱は冷めそうにありません^^;


そんなわけで、
また上記のどちらかを訪ねたときに
お話しようと思います

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posted by ルンちゃん at 22:12| Comment(0) | 中里介山の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする