2016年06月15日

羽村市郷土博物館へ

先日のことですが、
羽村市にある「羽村市郷土博物館」に
行ってきました。


こちらには、私の興味をそそる物が
二つあるのです。


一つは、玉川上水についての史料が
あること。羽村は玉川上水の取水口が
置かれた場所で、その近くには
玉川兄弟の像などもあります。


こちらの展示場には、江戸時代の水門が
実物大で再現されていたり、江戸時代の
羽村堰再現模型や上水で使われた木樋や、
井戸などが展示されていたりするんですよ。


玉川上水については、
いろいろ知っているつもりでしたが、
実は知らなかったこともいっぱいあって、
ここに来たことで、新たな発見も
あったのです。


そしてもう一つは、
『大菩薩峠』を執筆した
中里介山の史料があることです。


中里介山は、明治18年(1885)に
この羽村で生まれた作家で、
高尾山に住んでいたこともあったのです。


介山の書いた未完の大作『大菩薩峠』は、
大正から昭和にかけて28年間
書き続けられた小説なんですよ。


その話の中には、なんと
新選組も登場するのです。


以前から『大菩薩峠』を
読んでみたいと思っていたのですが、
なにしろ41巻もあるらしいので、
今まで手を付けずにいたのです。
(新選組が登場するのは、最初の方みたいですが)


でも、やっと最近になって
挑んでみようという気になって、
その前にこちらの「羽村市郷土博物館」に
行ってみようと思い立ち、やってきたのです。


この館には中里介山が以前建てた
「大菩薩峠記念館」という建物の
正門だった赤門もありますよ。


もとは三ヶ島という
現在の埼玉県所沢市にあった
眼科医鈴木家の門だったそうですが、
昭和10年に介山が譲り受けて、
記念館の前に移築したというものです。


介山は、本郷にある東大の赤門に匹敵すると、
日頃から自慢にしていた門だそうですよ。


「大菩薩峠記念館」は既に
閉館されてしまいましたが、
昭和52年に中里家から町に寄贈され、
昭和59年(1984)12月に、この郷土博物館の
中庭に復原したそうです。


この近くには
中里介山のお墓もあるそうですが、
今回はそちらへは行かず、
この博物館にある史料と赤門を見て、
いよいよ長編に臨みます。

また、新たな発見がありましたら、
お知らせしますね

⇒ 羽村郷土博物館

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posted by ルンちゃん at 00:25| Comment(0) | 中里介山の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする